2015年7月26日日曜日

「穏やかに、敬意をもって」

2015年7月26日  
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 ペトロの手紙Ⅰ 3章13節~22節


「正しくない者たち」のために
 今日はペトロの手紙を読みました。この手紙が書かれたのは、既に教会に対する迫害が激しくなり初めていた頃です。今日の朗読箇所の少し前にはこう書かれています。「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい」(9節)。このように書かれているのは、現実に悪意をもって苦しめられたり侮辱されたりすることがあったからです。

 そのような中で「あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい」(15節)ということもまた語られているのです。「あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人」というのは信仰を求めている人のことではありません。迫害の中での話です。そこで説明が要求される。それは個人的に悪意に満ちた嘲笑的な問いかけかもしれませんし、公的な裁きの場に引き出されて訊問されるような場合かもしれません。

 いずれにせよ、そこでペトロは、「いつでも弁明できるように備えていなさい」と言い、そして、こう続けるのです。「それも、穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい」(16節)。

 「敬意をもって」と訳されているのは、驚くべきことに、神を畏れ敬うという意味で使われるのと同じ言葉です。そのように悪意をもって向かって来る人に対しても「穏やかに、畏れ敬って」弁明しなさいというのです。もちろん、そう勧めるのは、自然にはそうならないからです。相手の敵意によって自分の内にも敵意が引き出されてしまう。相手の怒りによって自分の内にも怒りが引き出されてしまう。常日頃不当な苦しみを強いられているならば、なおさらそのような負の感情が引き出されてしまうものです。だからこそペトロはあえて「穏やかに、敬意をもって」と念を押すかのように付け加えるのです。

 しかし、それは難しいことです。ペトロの勧めの言葉は正しくても実行は極めて困難です。ペトロはさらに言います。「神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい」(17節)。それはそうです。もっともです。しかし、だからと言って「善を行って苦しむこと」を簡単に受け入れられるかと言えば、それはとても難しい。悪を行って苦しむ方が受け入れやすいのです。自分に原因があれば納得も行く。善を行って苦しむことは、明らかにそれは不当な苦しみなのであって、それが「不当である」というだけで苦しみは増すのです。それを受け入れることは難しい。ましてや、そのような中で穏やかに敬意をもって語ることはなんと難しいことか。それはペトロも分かっているはずです。

 だからこそ、そのような話の流れの中でペトロはキリストについて語り始めるのです。目を向けるべき御方に目を向けさせるのです。キリストに目を注ぐことなくして、本当の意味で不当な苦しみに打ち勝つことはできないからです。彼らが聞かなくてはならなかったのは次のことでした。「キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたがたを神のもとへ導くためです」(18節)。

 不当な苦しみと言うならば、キリストこそまさに不当な苦しみを受けられた方でした。しかし、主はその苦しみを受け入れられたのです。神の御心として受け入れたのです。そして、耐え忍ばれたのです。その意味でキリストは苦しみを負うことにおける模範です。

 しかし、聖書が言いたいのはそれだけではありません。「キリストは正しくない者たちのために苦しまれたのだ」と語られています。「正しくない者たち」とは誰のことでしょうか。迫害者たちでしょうか。敵意をもって向かってくる人々でしょうか。そうではないのです。キリストが苦しまれたのは「あなたがたを神のもとへ導くためです」と言うのです。すなわち、その「正しくない者たち」とはあなたたちだ、とペトロは言うのです。キリストの苦しみは、他ならぬそんなあなたがたを神のもとへ導くためだったではないか、と。

 自分を「正しい者たち」の側に置き、相手を「正しくない者たち」の側に置く時、もはや「穏やかに、敬意をもって」語ることは不可能になります。そして、「正しくない者たち」によって苦しみを負わされることは耐え難いものとなります。しかし、十字架の前に立つ時、そこにいるのはもはや「正しい者たち」と「正しくない者たち」という二者ではなくなります。そうではなくて、ただ一人の「正しい方」と残りの「正しくない者たち」になるのです。そこにはキリストに罪を負っていただいた者たちがいるだけなのです。迫害する者も迫害される者も同じところにいることを見る時に、語り方もまた違ってくるのでしょう。

陰府に降られたキリスト
 しかし、ペトロはただキリストが苦しまれたことを語るに留まりませんでした。ペトロは私たちの罪のために苦しまれたキリストを指し示して、直接21節の「復活」および22節の「昇天」に話を進めることはしませんでした。その間に語っていることがあるのです。彼はあえて「陰府に降ったキリスト」について語るのです。ここでは「捕われていた霊たちのところへ行って宣教された」(19節)と表現されています。

 私たちは、使徒信条においてキリストに関しての信仰を言い表す時、「十字架につけられ、死にて葬られ」という言葉の次には「陰府にくだり」と続くことを知っています。しかし、実はこの「陰府にくだり」という言葉はもともとの使徒信条にはなかったのです。これが加えられたのは紀元前4世紀の半ばであると言われています。その「陰府にくだり」が加えられた聖書的な典拠として知られているのが、今日お読みした箇所なのです。

 実際には、ここはかなり解釈の難しい箇所です。単純ではありません。しかし、この箇所が一つの問いを背景にしていることは考えられます。恐らく誰もが抱く問いです。「地上における生存中に福音を聞く機会を持たなかった人々はその後どうなるのか?」という問いです。今日の箇所はその問いに対する一つの答えでもあったと考えられるのです。実際、キリストが陰府にまで降って、キリストが来られる以前に死んだ人たち、あるいは福音を聞くことなく死んだ人たちに宣教したという理解は古くからあって、それは紀元2世紀まで遡ります。

 しかし、ペトロがキリストの苦難を語るだけでなく、さらに「捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました」と語っているのは、単に死んだ人への関心からではないでしょう。もっと大きな理由があるはずです。もう一度20節をご覧下さい。「捕らわれていた霊たち」について、わざわざ「この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です」と説明されているのです。

 そうです。神はノアの箱舟製造を通して警告を与え、彼らの悔い改めを待っておられた。しかし、彼らは最後まで悔い改めなかったのです。そのような人々の話です。そこで洪水となった。これは明らかに神の裁きです。神の裁きによって死んだということになります。ならば彼らはそれで終わりであるはずです。しかし、そのような人々のところにまで行ってキリストは宣教されたのだ、と言っているのです。

 ノアの箱舟に乗り込んで救われた8人はバプテスマを受けて救われる人を予表しているとペトロは語ります。すると箱舟に乗らなかった人々に宣教するため陰府にまで降られたキリストは、すなわちバプテスマを受けていない人々のところに行って宣教しようとしておられるキリストをも意味することになるのでしょう。

 それがたとえキリストを侮辱し、教会を迫害する人であっても、キリストは彼らのところに行こうとしておられるのです。あの最後まで悔い改めなかった人たちのところにまで行かれたキリストですから。実際、私たちはその実例を知っているではありませんか。かつて教会の迫害者であったパウロです。キリストはパウロのところにまで行ってパウロに出会われた。語られた。宣教されたのです。実際、キリストがそのような御方であるからこそ、私たちもまたここにいるのでしょう。本来ならば神に裁かれて終わりであったはずの私たちが、今ここにいるのです。陰府にまで降られたキリストが、私たちのところにまで来てくださったから。

 そのことが見えてきますと、なぜペトロが「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい」(9節)と言われているのか、なぜ、「穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい」(16節)と言われているかが分かってきます。キリストはただ苦難を耐え忍んだ方として模範であるだけでなく、宣教においても模範である御方だからです。どんなに私たちを苦しめている人であっても、それはキリストが語ろうとしておられる人であり、出会おうとしておられる人なのです。

2015年7月19日日曜日

「イエスに従った女性たち」

2015年7月19日  
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 ルカによる福音書 8章1節~3節


悪霊を追い出していただいた女性たち
 今日の福音書朗読では、神の国を宣べ伝えるイエス様とその一行の宣教旅行のことが書かれていました。そこには当然のことながら「十二人も一緒だった」と書かれています。イエス様が夜を徹して祈って選んだ十二人です。イエス様が「使徒」と名付けた十二人です。その名前は既に6章14節以下に記されていました。宣教旅行に彼らが同行していたのは当然です。実際にはその他の弟子たちも大勢伴っていたものと思われます。

 しかし、今日の箇所ではその他の弟子たちのことには触れずに、あえて一緒にいた女性たちのことを伝えています。彼女たちもまた宣教旅行に加わっていました。しかし、それは決して当然のことではありませんでした。女性が低く見られ軽んじられていた時代の話です。特に宗教的な領域においてはそうでした。普通のユダヤ教のラビならば、道で会った時でさえ自分から女性に声をかけたりしない。そのような時代において、当たり前のように女性たちと行動を共にするイエス様は人々の目にどれほど奇異に映ったことでしょう。しかし、男性だけではなく女性もまた神の御前にある一人の人間として共にいることはイエス様にとっては当たり前のことだったのです。

 そのような多くの女性たちの中でも、特にここでは「悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち」(2節)について言及されています。「悪霊を追い出して病気をいやしていただいた」とありますが、厳密に言いますと、悪霊を追い出されることと病気をいやされることは並置されているのであって、病気の原因が悪霊であったという意味ではありません。ですから、マグダラのマリアについては病気とは関係なく「七つの悪霊を追い出していただいた」とだけ書かれています。要するに彼女たちには病気だけではなく、悪霊に支配されていた過去があったということです。言い換えるならば、神に背いて生きてきた生活があったということです。

 実際にマグダラのマリアについては「七つの悪霊を追い出していただいた」と書かれているわけですが、彼女はいったい何者なのでしょう。いったいどんな悪いことをして、いったいどんな罪を犯して、生きてきた人なのでしょうか。この聖書の表現はこれまで多くの人々の想像をかき立ててきました。そして、マグダラのマリアの人物像について多くの理解が生まれることとなりました。

 その中には7章に出てきた女性と同一人物であるとする見方があります。その町で「罪深い女」として知られていた人です。「イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った」(7:37‐38)と書かれているあの女性です。イエス様から「あなたの罪は赦された」と宣言していただき、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言っていただいた、あの女性です。

 確かに今日の聖書箇所は「すぐその後」という言葉から始まっていて、前の章とはっきり結びつけられています。章で区切られていますが続けて読まれるように書かれているのです。ならば、あの女性がマグダラのマリアなのでしょうか。しかし、もしそのことを伝えたいのなら、7章でマグダラのマリアという名前を出したに違いありません。

 ルカはあえて名前を記しませんでした。それが誰であるかは重要ではなかったのです。伝えたかったのはイエス様がどのように出会ってくださったか、どのように関わってくださったかということですから。彼女の姿はある意味ではイエス様と出会った全ての人の姿であり、特にイエス様によって救われた全ての女性たちの姿でもあったということでしょう。

 ですから今日の箇所に出て来るマグダラのマリアもヘロデの家令クザの妻ヨハナもその他の女性も並べて書かれているのです。マグダラのマリアを7章の「罪深い女」と結びつける人は彼女が娼婦であったと考えます。実際、そうだったのかもしれません。一方、次に出て来る「ヘロデの家令クザの妻ヨハナ」は明らかに娼婦ではありません。「ヘロデ」とはガリラヤを治めていた領主であるヘロデ・アンティパスのことです。彼女はいわば高級官僚の妻です。社会的に見れば娼婦の対極にいる女性であったと言えます。しかし、彼女もまた悪霊から解放された人としてここに書かれているのです。彼女は娼婦ではなかったでしょう。ふしだらな女でもなかったかもしれない。しかし、そこにはまた異なった形での悪霊の支配があったということです。彼女は彼女として神に背いた生活があったということです。

 しかし、そのように恐らく全く異なる人生を歩んできたマグダラのマリアもクザの妻ヨハナも、また名前しか書かれていないスサンナも、それぞれがイエス様に出会ったのです。あの7章の女性のように。いわば、それぞれがあの7章に出てきた「罪深い女」だったとも言えます。彼女のように、神の赦しの愛に出会い、罪の赦しをいただいて、「あなたの信仰があなたを救った」と宣言された人たちだったのでしょう。

イエスを愛し共に仕える女性たち
 ですから、彼らは並べて書かれているのです。マグダラのマリアも、ヘロデの家令クザの妻ヨハナも区別なく並べて書かれているのです。この世においてどのような立場にある人かはもはや重要ではありません。それぞれが過去にどのような罪を犯し、どのように神に背いてきたかということすら重要ではありません。ルカは彼女たちの過去の生活については一言も触れていないのです。

 マグダラのマリアについては様々な人物像が描かれてきたと申しました。しかし、「七つの悪霊」とだけ語って、あとはすべて沈黙しているということは意味のないことではありません。その内容は誰にも知られる必要はないということです。彼女が何に支配され、何をしてきたのかは、もはや重要ではないのです。同じことはその他の女性たちについても言えることです。それ以上に重要なことがあるからです。

 それは何か。今、イエス様を愛して仕えているということです。そうです、それだけが重要なのです。あの7章の「罪深い女」についてイエス様はこう言っていました。「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる」(7:47)と。そうです、聖書は今日の箇所に出て来る女性たちについても詳細な人物像を伝えません。ただイエス様を愛し、その愛をもって共に仕えている人たちとして伝えているのです。7章からの流れで言うならば、彼女たちが多くの罪を赦されたことは、イエス様に示した愛の大きさで分かる、ということなのでしょう。

 それはこの福音書を読み進んでいくとよく分かります。私たちは、キリストの十字架刑の場面、そして復活の場面において、これらの女性たちの姿に出会うことになるのです。一方において、男の弟子たちが皆イエス様を見捨てて逃げ去ってしまう中で、彼女たちはどこまでもキリストのもとに留まろうとした人たちとして描かれているのです。

 例えば、キリストが十字架にかけられて、ついに「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と大声で叫んで、そして息を引き取られたという場面には、こう書かれています。「イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた」(23:49)。この「ガリラヤから従って来た婦人たち」とは、今日の箇所に出て来た女性たちのことです。その後にもこう書かれています。「イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有り様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した」(23:55‐56)。

 そして、日曜日の朝、墓に行くわけですけれど、墓は空になっていた。そこで天使から告げられるのです。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」。そこに彼らの名前が明記されています。「それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった」(24:10)。マグダラのマリア、ヨハナの名前は、今日読んだ箇所に出て来ましたでしょう。そして、イエス様を愛した彼女たちこそが主の復活についての最初の証人となったのです。

 そのようなイエスを愛して従った女性たちのことがこうして二千年後にまで伝えられているのです。繰り返しますが、女性が著しく軽んじられていた時代の話です。しかし、聖書はしっかりと彼女たちに目を向けています。イエス様を純粋に愛した人たちとして。イエス様に従い、仕える人たちとして。

 具体的にはどのように仕えていたのでしょう。「彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた」(3節)と書かれていました。「持ち物」とありますが、それはただ金品だけを意味するのではありません。自分の「持っているもの」ということで、自分の能力や資質も含まれます。もちろん「持ち物を出し合う」ということもあったでしょうが、さらに広く彼女たちが自分のできることを出し合って、分かち合って、共に仕えたということなのです。

 マグダラのマリアとクザの妻ヨハナは、できることも差し出せるものも異なっていたに違いありません。しかし、それぞれ持てるものを出し合って、一緒に仕えていたのです。それこそがイエス様に救われた者たちの感謝の応答でした。それこそがイエス様を愛して仕えるということでした。誰から強いられたわけでもない。ただ罪を赦され救われた感謝とイエス様への愛によって。

 そうです、あの日も、彼女たちのある者は、持てるものを出し合って、できることを出し合って、一緒にイエス様の墓に向かったのです。ただイエス様への愛によって。そして、そのようなマグダラのマリア、ヨハナたちにキリストの復活のメッセージは伝えられたのです。逃げて隠れていた弟子たちに主の復活を最初に伝える役割が与えられたのです。主は確かに彼女たちを最後まで共に宣教の旅をする人たちとして見ていてくださったのでした。

2015年7月12日日曜日

「赦しの心」

2015年7月12日  
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 ルカによる福音書 7章36節~50節

    ガラテヤの信徒への手紙 6章1節~5節

互いに重荷を負いなさい
 聖書の中にこんな話が出てきます。ペトロがイエス様に尋ねました。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか」。するとイエス様が答えます。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」。

 「赦しの心」が大事なことは、私たちも知っています。憤ってばかりいる人よりは、心の広い寛容な人になりたいと思います。人を裁いてばかりいる人よりは、人を赦して受け入れることのできる人になりたいとも思います。別なところでイエス様も「人を裁くな」と言っておられますし。

 しかし、イエス様は「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」と言われるのです。七の七十倍になったら、もう実際的には数えられません。要するに何回赦したか「数えるな」ということです。数えないで赦しなさい、ということです。

 どう思われますか。「赦しの心」は大事だと思っている人でも、やはり「それは絶対に無理だ!」と思われるのではないですか。赦しがたい人々の顔がちらちらと思い浮かんできた人もあるかもしれません。そんな人たちを何度も赦すなんて絶対に無理!それが自然な反応でしょう。

 いや、これは単純に《できるかできないか》の問題ではありません。「そもそもそれは正しいことなのか」という問いが生じてくるからです。赦しているだけでよいのか。その人が同じことを繰り返すだけではないか。赦してやるのではなくて、二度と同じ過ちを犯さないように、むしろ一度徹底的に酷い目に遭わせてやったほうが、本人のためなのではないか。

 いずれにせよ、酷い目に遭わせるかどうかは別として、人はただ赦されるだけでなく、正されなくてはならない。それは誰もが普通に考えていることでしょう。実際、今日の第二朗読において、パウロもまたこう言っていました。「兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、“霊”に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい」(1節)。「正しい道に立ち帰らせなさい」というのは「正しなさい」が直訳です。

 パウロも、誰かが罪に陥ったなら、その人はただ赦されるだけでなく、正されなくてはならないと言うのです。ただ、「もう二度としないように痛めつけて正しなさい」とは言わない。「柔和な心で」と言うのです。どうも、これがとても大事なことのようです。

 そこであえて「柔和な心で」と言うのは、実際には柔和になれない状況があるからでしょう。考えてみてください。教会内の人間関係においても、この社会の人間関係においても、問題になるのは一般的な意味で「だれかが何かの罪に陥ったら」という場合ではないのです。そうではなくて、ペトロが言っているように「わたしに対して罪を犯したなら」という場合なのです。つまり誰かによって自分が苦しい思いをする、痛い思いをする、理不尽な重荷を負わされる。そんな場合なのです。あるいは直接的に自分が被害を受けなくても、間接的に不快な思いを強いられる。共同体全体が不利益を被る。そんな場合もあるでしょう。

 自分に重荷がやってこない「だれかの罪」の話なら、恐らくいくらでも柔和になれるのです。おだやかに対処もできるのです。しかし、現実には恐らくそうならない。私たちが気づく罪というのは、私たち自身にも関わってくるから気づくのです。私たちの重荷にもなるから気づくのです。ですからパウロもまたこれを一般的な話にしないで、すぐさま続けてこう言うのです。「互いに重荷を担いなさい」(2節)。

 他人の罪や悪に気づくのはそれほど難しいことではありません。その罪に怒りを向けることも難しくはありません。人を裁くことは簡単です。非難することは簡単です。断罪することは簡単です。場合によっては酷い目に遭わせることも簡単なことなのかもしれません。しかし、本当の意味で正すことはとても難しいことです。「互いに重荷を担いなさい」とあるように、それはあえて重荷を背負うことでもあるからです。重荷を背負うつもりがなくても、人に怒りを向けることはできます。人を裁くことはできます。非難することはできます。断罪することもできます。重荷を背負うつもりがなくても、酷い目に遭わせることはできるかもしれません。しかし、重荷を背負うつもりがなければ、正すことはできないのでしょう。

 ちなみに「正す」が直訳だと言いましたが、これはまた「修繕する」という意味の言葉でもあるのです。破れたところを繕う。ボロボロになってしまったものを繕う。誰かが罪を犯すなら、その人に必要なのは、ただ怒りを向ける人でも、裁く人でも、非難する人でも、酷い目に遭わせる人でもないのです。そうではなく、重荷を負うつもりで、こつこつと修繕する人、ボロボロになっているところを繕ってくれる人、そのように関わり続けてくれる人こそが必要なのでしょう。「柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい、修繕しなさい」とはそういうことなのです。その意味では、やはりそこで必要になってくるのは「赦しの心」なのです。「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」と言われたイエス様の言葉を改めて思い起こします。

私たちの重荷を負ってくださった神
 しかし、それはとても難しい。なんと難しいことかと思います。しかし、だからこそ私たちは、そのように生き、そのように私たちに関わってくださったイエス様に目を向け続けなくてはならないのです。「赦しなさい」と言われたあの御方は、私たちのちっぽけな「赦しの心」とは比較にならない、とてつもなく大きな神の「赦しの心」をその身をもって現してくださった方でしたから。

 今日の福音書朗読は、食事の席に着いておられたイエス様のところに、突然、その町で罪深い女として知られていた女性が泣きながら入ってきたという話でした。彼女は後ろからイエスの足もとに近より、涙で足をぬらしては自分の髪の毛でぬぐい、足に接吻して香油を塗り始めたというのです。食事の席に赤の他人が入って来ること自体は当時の社会において決して珍しいことではありませんでした。また、食事をする人は、今日のように椅子に座っているわけではなくて、横になって肘をつきながら食事をしていますから、足元に近寄ったということも、さほど不自然な行動ではありません。

 しかし、それらを差し引いても、やはりこれは本来起こりえない話です。それはファリサイ派のシモンの家でしたから。神の律法を厳格に守り、清く敬虔な生活をしているファリサイ派の一人として知られているシモンの家に、罪深い女として知られている人が入ってくることはまずあり得ない。断罪されるに決まっていますから。そのあり得ないことが起こったのはなぜか。イエス様がそこにおられたからでしょう。

 つくづくイエス様という御方は不思議な方だと思います。シモンが「先生」と呼んでいるように、イエス様は一面においてはユダヤ教の一教師です。しかし、普通の教師になら絶対に近づかないような罪人や徴税人たちがイエス様に引き寄せられるように集まってくるのです。なぜですか。イエス様の言葉、行動、その存在そのものに、神の大きな大きな「赦しの心」が現れていたからでしょう。

 そして、この場面では罪深い女として知られている女性が近づいてきた。この女性にとってもイエス様は、罪深い自分をそのまま持って行くことのできる御方だったのです。罪深い者が自分の罪に泣きながらでも安心して近づくことのできる御方だったのです。そこには神の赦しがあるから。大きな神の「赦しの心」が現れているから。イエス様は彼女に宣言してくださいました。「あなたの罪は赦された」と。そして言われたのです。「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」。

 しかし、そう言われたイエス様は、重荷を背負うつもりでおられたのです。私たちすべての者の罪の重荷を背負うつもりでおられたのです。苦しみを自ら引き受けるつもりでおられたのです。そのように神は重荷を負うつもりで私たちとかかわってくださったのです。罪ある私たちを断罪するのではなく、滅ぼすのではなく、大きな赦しの心をもって、自ら重荷を負うつもりで、私たちとかかわってくださったのです。この世に御子を遣わされ、十字架にかけられたとは、そういうことなのです。

 私たちもまた、今ここにおいて、キリストに現れた大きな神の「赦しの心」に触れています。そこから、私たち自身に必要な小さな「赦しの心」をいただくのです。それはすぐに失われてしまうようなものですから、繰り返し福音の言葉と共に受け取らなくてはならないのです。そのようにして、神によって重荷を負っていただいた者として、互いに重荷を負いながら生きていくのです。裁き合いながらではなく、柔和な心をいただいて、お互いの破れを繕いながら共に生きていくのです。

2015年7月5日日曜日

「居眠りして窓から落ちた若者」

2015年7月5日  
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 使徒言行録 20章7節~12節


週の初めの日に
 私たちは週の初めの日である日曜日に毎週こうして集まっています。今日は月の第一主日ですから聖餐式が行われます。聖餐を行うことを、昔の教会は「パンを裂く」と表現しました。週の初めの日、わたしたちはパンを裂くために集まっています。

 今日の聖書箇所にも「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると」(7節)と書かれていました。私たちと同じです。パウロがトロアスに滞在していた時の話しです。私たちと同じ集まりがそこにあります。

 翌日、パウロは出発する予定でした。次はいつトロアスを訪れることができるか分かりません。いつ彼らに会えるか分かりません。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれません。実際、パウロは二度とトロアスを訪れることはできなかったのです。

 そのような出発の時、別れの時を翌日に控えていたならば、別れを惜しんで少しでも長く共にいたい、語り合いたいと思うものでしょう。しかし、ここには「別れを惜しんで語り合うために集まっていると」とは書かれていないのです。彼らはパンを裂くために集まっていた。言い換えるならば、私たちが今しているように、共に主を礼拝するために集まっていたのです。もう二度と会えないかもしれないお互いであるからこそ、ただ語り合うのではなくて、パンを裂くために集まったのです。

 それは「週の初めの日」の集まりでした。日曜日に集まるということは、決して自明なことではありませんでした。ユダヤ人の安息日は週の終わりの日、すなわち土曜日でしたから。しかし、教会は極めて早い時期から週の終わりの日ではなく週の初めの日に集まるようになりました。なぜでしょう。言うまでもなく、週の初めの日にキリストが復活されたからです。

 彼らはパンを裂くために集まりました。それはキリストの言葉に基づきます。かつてキリストが弟子たちと最後の晩餐を行った時、主はパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えてこう言われました。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)。

 そのように聖餐はイエス様を記念して行う食事です。それはイエス様を思い起こして行う食事です。しかし、それを「週の初めの日」に行うならばどうなりますか。キリストの復活を思いながら行うならばどうなりますか。ただ過去の人イエスを思い起こしての食事にはならないでしょう。それは復活されたイエス様を思ってあずかる食事になるのです。さらには復活されたイエス様と共に食卓を囲む食事となるのでしょう。

 そうです。実際、第一巻目である「ルカによる福音書」には、復活されたキリストが二人の弟子に現れて、一緒に食卓についてくださったこと、パンを裂いてわたしてくださったことが書かれています。そのように、復活されたイエス様がパンと杯を分かち与えてくださるのです。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である」「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である」と言って分け与えてくださるのです。

 ならばそれは感謝の食事となるのでしょう。なぜなら食卓の主は、私たちが罪を赦され救われるために苦しみを負い、十字架におかかりくださった御方ですから。そこで受ける体と血は、まさに「わたしが赦されるために裂かれた体、流された血」として受けることになるでしょう。そして、感謝をささげる食事となるでしょう。

 そして、罪を赦された者にとって、それはまた希望の食事ともなるのです。なぜなら食卓の主は復活された御方として、私たちの復活を指し示してくださるのですから。やがて私たちが完全な救いに与る希望、神の国の希望を与えてくださるのです。その意味で、聖餐は神の国の祝宴の先取りでもあるのです。

 そのような時間をこそ、パウロもトロアスの人たちも持ちたかったのです。もしかしたらもう二度と会えないかもしれないから。だから、ただ別れを惜しむのではなく、復活のキリストと共にあって、共に感謝し、共に神の国を仰ぎ望む者でありたい。そのために集まったのです。それが「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっている」ということなのです。

窓から落ちた若者
 そのためにも、パウロはトロアスの信徒たちにキリストの福音を、言葉を尽くして語ったのでしょう。彼は福音の真理をひたすら語り続け。伝えるべきことはすべて伝えておきたいという思いでもあったに違いありません。「その話は夜中まで続いた」と書かれています。

 するとそこで事件が起こりました。エウティコという青年がパウロの説教中に眠気を催し、眠りこけて三階から転落してしまったのです。ということで、その青年の名前は説教中に居眠りをして落ちた人として二千年後にまで語り継がれることとなりました。今日の説教題は「居眠りして窓から落ちた若者」となっております。一週間外に貼り出されていました。

 その青年にとってははなはだ不名誉なことではありますが、わたしはその青年が転落してくれたことに感謝したいと思います。なぜならその出来事は、週の初めの日に集まるということがどういうことかを、さらにはっきりと指し示すこととなったからです。

 恐らくその集まりは夜に始まったのです。多くの者たちは主人に仕える身でしたから、夜にしか集まれなかったのです。恐らくこのエウティコも明け方から日暮れまで激しい労働をしてきたのでしょう。そして、夜中まで人々の詰めかけた部屋の中で話を聞いていたのです。そんな彼が居眠りしたとしても無理はないでしょう。

 ただ、窓に腰掛けていたのはまずかった。三階から転落した彼は「起こしてみると、もう死んでいた」と書かれています。当然、大騒ぎになりました。するとそこにパウロが降りていきます。彼は青年の上にかがみ込み、抱きかかえて言いました。「騒ぐな。まだ生きている。」そして、一同を部屋に戻して礼拝を続けたのでした。

 さて、この出来事をどう捉えたらよいのでしょう。ある人は、実際にはエウティコは死んではいないのに、ただ人々が誤って大騒ぎをしていただけと考えるかもしれません。その場合、パウロは単に冷静に対処しただけ、ということになるでしょう。あるいは、「起こしてみると、もう死んでいた」(9節)と書かれ、12節にはことさらに「生き返った青年」と書かれていますから、これは純粋に神の奇跡として受け止めるべきだとも言えるでしょう。

 いずれにせよ、はっきりしていることがあります。エウティコにとっては、これが最後の礼拝となったかもしれない、ということです。この青年はトロアスの弟子たちと共に、毎週、週の初めの日にパンを裂くために集まっていたのでしょう。しかし、次の週の初めの日には彼を欠いた集まりになっていたかもしれないのです。しかし、実際には彼は生き返って集まりの中に残された。一方、パウロは次の日に出発し、その後、ついに地上において彼らと再び相見え、パンを裂くこともなかったのです。

 しかし、週の初めの日にパンを裂くために集まるということはそういうことなのでしょう。日曜日の礼拝に集まるということはそういうことなのでしょう。

 最初に触れましたように、「週の初めの日」それはキリストが復活された日です。週の初めの日の中心には復活したキリスト、神の国を指し示すキリストがおられるのです。そして、神の国を指し示すキリストは、言い換えるならば終わりの日を指し示されるキリストでもあるのです。その意味においてこの集まりは常に終末に接しているとも言えるのです。

 もちろん、終末に接しているという意味では、本当はこの世界全体が常に終末に接しているのです。しかし、この世界全体がそのことを認識しているわけではない。そのことを啓示され、復活の主によって指し示されているのは私たちなのです。そこで私たちは終わりの時を思わざるを得ないのです。

 実際、これが自分にとっても最後の礼拝かもしれないのでしょう。人生の終末のゆえに最後となるのか、キリストの再臨によって最後となるのか、それはわかりません。しかし、いずれにせよ常にこれは最後の礼拝であり得る。最後の聖餐であり得るのです。

 そのように終末を指し示され、終わりの時を思うなら、そこで何が本当に重要なのかが問われることになります。私たちが大事だと思っていること、それは終わりにおいても大事なことですか。私たちがいつまでもこだわっていること、私たちが心に抱え続けてきた思い、私たちがしがみついて手放せないでいるもの――それは終わりにおいても重要ですか。この礼拝が最後だとしても、それでもそれは重要ですか。もしそうでないなら、恐らく終わりでなくても重要ではないのです。もし終わりにおいても重要なことは、まだ終わりでなくても重要なことなのです。

 「居眠りして窓から落ちた若者」。彼は週の初めの日にパンを裂くために集まった一人でした。そして、彼はある意味では最も「週の初めの日の集い」らしい経験をしたと言えます。彼にもし次の日曜日があったなら、恐らく彼はそこで思ったに違いありません。今ここに集まっている人々と共に感謝を捧げ、希望を言い表しているこの時は、なんとかけがえのない尊い時間なのだろう、と。そうです、本当は私たちにとってもそうなのです。

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