2014年7月27日日曜日

「ソロモンとシェバの女王」

2014年7月27日 
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 列王記上 10章1節~13節


主はたたえられますように
 今日読まれましたのは、ソロモン王の時代にシェバの女王が来訪したという話です。シェバ王国はアラビア半島の南部、現在のイエメン周辺に存在していたことが知られています。遠い南の国から女王は何のためにはるばるイスラエルまで来たのでしょう。

 この女王の来訪の直前にはソロモンがエツヨン・ゲベルで船団を編成したことが記されています(9:26)。その船団にティルスのヒラムの船団が合流するのです。そして、こう書かれています。「彼らはオフィルに行き、金四百二十キカルを手に入れ、ソロモン王のもとにもたらした」(同28節)。この金の産地として有名であったオフィルはシェバ王国の一部か、もしくはその近隣にあったと思われます。そして、今日お読みした11節以下には再び「オフィルから金を積んで来たヒラムの船団」の話が出て来るのです。

 このような話の流れから考えますと、シェバの女王の来訪も、もともとはティルスと合同で設立した船団による南方の国々との広い交易との関連で理解するべきものと思われます。つまり南方の女王がはるばる来訪した主たる目的は、この物語の中にも様々な形で現れてくるような物資の交換による経済活動であったと考えられるのです。

 しかし、そのような南方の国々との経済的な交流はソロモンの時代のイスラエルにおいては大きな位置を占めていたにもかかわらず、聖書はあえてシェバの女王の来訪を、「ソロモンの知恵」を中心として語ります。この章において、シェバの女王は単にソロモンの王国の繁栄を見た人としてではなく、彼の「知恵」を見た人として描かれているのです。

 シェバの女王は「難問をもって彼を試そうとしてやって来た」(1節)と書かれています。そのような彼女の質問に対して、「ソロモンはそのすべてに解答を与えた。王に分からない事、答えられない事は何一つなかった」(3節)と聖書は伝えます。さらには、シェバの女王は「ソロモンの知恵と彼の建てた宮殿」(4節)を目の当たりにします。そして、女王はこう言うのです。「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことはその半分にも及ばず、お知恵と富はうわさに聞いていたことをはるかに超えています。あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立ってあなたのお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう」(6‐8節)と。

 そうです。富だけではなく、あくまでも「お知恵と富」なのです。そのように富だけではなくソロモンの知恵を目の当たりにしたこのシェバの女王のエピソードは、いったい何のためにここに記されているのでしょうか。――それは私たちに、もう一度ソロモンの治世の初めを思い起こさせるためなのです。ギブオンにおいて主がソロモンの夢枕に立たれたあの時のことです。3章に書かれている話です。

 あの時、主はソロモンにこう言われました。「何事でも願うがよい。あなたに与えよう。」その時ソロモンが求めたのは知恵でした。王として国民の訴えを正しく聞き分けることができる知恵でした。ソロモンのこの願いを主はたいそうお喜びになり、こう約束されました。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。わたしはまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。もしあなたが父ダビデの歩んだように、わたしの掟と戒めを守って、わたしの道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう。」(3:5‐14)。

 シェバの女王が見たのは、まさにあの時主がソロモンに与えられた約束の実現に他なりませんでした。主は確かに真実であられた。主は約束を果たされた。私たちがそのことを思い起こすようにと、シェバの女王が来訪したこの物語は記されているのです。それゆえに、このエピソードの書き出しはわざわざ「シェバの女王は《主の御名による》ソロモンの名声を聞き」(1節)という言葉になっているのです。彼女は単にソロモンの名声を聞いたのではなくて、イスラエルをエジプトから導き出された神、主(ヤハウェ)の御名を聞いてやってきたのです。

 そして、彼女は確かに、このソロモンの栄華の背後に主が生きて働いておられることを見たのでした。それはこの女王がこう言っていることから分かります。「あなたをイスラエルの王位につけることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。主はとこしえにイスラエルを愛し、あなたを王とし、公正と正義を行わせられるからです」(9節)。これがシェバの女王の認識でした。

 しかし、果たして当のソロモン自身の認識はいかなるものだったのでしょうか。今日は13節までお読みしました。しかし、続く物語の展開は、むしろソロモン自身はそのことを忘れてしまっていたことを示しているのです。そこまでを読んでこそ、聖書の伝えたいことが見えてくるのです。

与えられた時こそ試される時
 続く14節以下には、さらにソロモンの栄華の描写が続きます。「ソロモンの歳入は金六百六十六キカル」と書かれています。六百六十六キカルは約23トンに当たります。そんな莫大な量の金をどうするのでしょう。16節以下にはこう書かれています。「ソロモン王は延金の大盾二百を作った。大盾一つにつき用いた金は六百シェケルであった。延金の小盾も三百作った。小盾一つにつき用いた金は三マネであった。王はこれらの盾を『レバノンの森の家』に置いた」(16‐17節)。「レバノンの森の家」というのは宮殿の建物群の一つです。そこに金で作った膨大な数の大盾や小盾を保管したということは、要するにその大量の金をすべてソロモンは自分の財産として蓄えたということです。

 それだけではありません。「王は更に象牙の大きな王座を作り、これを精錬した金で覆った」(18節)。さらには、「ソロモン王の杯」(21節)はすべて金、レバノンの森の家の器も純金であったと書かれています。繰り返しますが、これら大量の金をすべてソロモンは自分の財産として蓄えたのでした。このことを心に留めておいてください。そして、少し飛びまして28節には「ソロモンの馬」の話が出てきます。「ソロモンの馬はエジプトとクエから輸入された。王の商人は代価を払ってクエからそれを買い入れた」。ここでわざわざ「エジプトとクエから輸入された」と書かれていることもまた心に留めておいてください。

 さらに進んで11章に入りますと、次第に雲行きが怪しくなってまいります。次のように書かれています。「ソロモン王はファラオの娘のほかにもモアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など多くの外国の女を愛した。これらの諸国の民については、主がかつてイスラエルの人々に、『あなたたちは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをあなたたちの中に入れてはならない。彼らは必ずあなたたちの心を迷わせ、彼らの神々に向かわせる』と仰せになったが、ソロモンは彼女たちを愛してそのとりことなった。彼には妻たち、すなわち七百人の王妃と三百人の側室がいた。この妻たちが彼の心を迷わせた」(11:1‐3)。

 どうですか。既にかなり黒雲が立ち込めていますでしょう。そして、ついに聖書はソロモンの人生の集大成に当たる時期についてこう記しているのです。「ソロモンが老境に入ったとき、彼女たちは王の心を迷わせ、他の神々に向かわせた。こうして彼の心は、父ダビデの心とは異なり、自分の神、主と一つではなかった」(同4節)。

 さて、黒雲が立ち込めていると申しましたが、しかし、これは決してゲリラ豪雨のように突然起こったようなことではないのです。先にソロモンが金を大量に蓄えたことと、馬をエジプトから輸入したことを心に留めておいてくださいと申しましたが、それは既に神の戒めに背くことだったのです。申命記17章に「王に関する規定」があります。そこにはこう書かれているのです。「王は馬を増やしてはならない。馬を増やすために、民をエジプトへ送り返すことがあってはならない。…王は大勢の妻をめとって、心を迷わしてはならない。銀や金を大量に蓄えてはならない」(申命記17:16‐17)。すなわちソロモンは神に求めた知恵が与えられ、さらには富と栄光をも豊かに与えられていた時に、既にその心は神から離れつつあったということなのです。

 皆さん、本当の試練とは、求めているものが得られないところにあるのではありません。求めているものが得られたところにこそ試練はあるのです。なぜなら、そこで本当の意味で人は試されるからです。そこで与えてくださった御方に目を留めるのか。その御方の御前にへりくだり、従順に歩もうとするのか。それとももはや与えてくださった御方には目を向けなくなってしまうのか。人は本当の意味で試されることになるのです。

 ソロモンに豊かに恵まれた主に目を向けていたのは、ソロモン本人ではなく、むしろ異邦の女王でした。なんとも皮肉なことです。しかし、それは私たちも同じかもしれません。神様からどれほど豊かな恵みが与えられていても、それが当たり前になってしまって、もはや感謝をもって主を仰ぐこともない。主の御前にへりくだって従順に歩もうともしていない。それは私たちにも起こりえることです。むしろキリスト者ではない周りの人たちや家族の方がよほど神の恵み深さに目を向けているかもしれません。

 「あなたをイスラエルの王位につけることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように!」と感嘆の声をあげたシェバの女王。その賛美の声をソロモン自身は失ってゆきました。もし、私たちの内にも失われつつあるならば、私たち自身、立ち帰ってもう一度主の恵みの大きさに目を向けるべきでしょう。そうでないならば、私たちもまた、形は違いこそすれ、ソロモンの老境の姿に行き着いてしまうことでしょう。そうあってはなりません。

2014年7月20日日曜日

「神の恵みの豊かさに目を向けよう」

2014年7月20日 
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 マルコによる福音書 8章14節~21節


パンを忘れた弟子たち
 「弟子たちはパンを持って来るのを忘れ、舟の中には一つのパンしか持ち合わせていなかった」(14節)。そう書かれていました。小さなミスです。そのミスによって困ったことになりました。パンは一個しかありません。全員が食べるには足りません。そのように誰かのミスによって、あるいは全員のミスによって、何かが不足したり欠乏したりするということは起こります。それは私たちが置かれている様々な人間関係にも起こりますし、教会にもそのようなことは起こります。

 もっとも今日お読みした場面においては大したことが起こっているわけではありません。パンを忘れたからと言ってその後の旅に重大な支障をきたすわけではありません。事実、その後は何事もなかったかのように話は続きます。皆が少し我慢すればよいだけの話です。しかし、この出来事は後に弟子たちが教会として宣教していく時にもまた起こり得ることを指し示していたとも言えます。ですから、その場面でイエス様が言われた言葉は、後々の弟子たちにとっても、さらには今日の私たちにも大きな意味を持っていると言えるでしょう。

 その時、イエス様は何と言われたでしょうか。こう書かれています。「そのとき、イエスは、『ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい』と戒められた」(15節)と書かれています。そうです、そのような時こそ気をつけなくてはならないことがあるのです。そのように全員にパンが一個しかないような事態になった時こそ、明らかに困窮や不足が生じているような時こそ、気をつけなくてはならないパン種があるのです。パン種は小さくても、全体を膨らませてしまいます。そのように小さく入り込んで全体に悪い影響を及ぼしてしまうパン種があるのです。

ファリサイ派のパン種に気をつけなさい
 実際、困窮や不足がある時に何が入り込んでくるでしょう。まず可能性として考えられるのは裁き合いです。そもそも、いったい誰が悪いのか。誰が正しいのか。そのような議論が始まるのです。そして、それぞれが自分を正当化しはじめます。これこそがファリサイ派のパン種です。

 今日の箇所の直前にはファリサイ派の人々が来て、天からのしるしを求め、議論をしかけたという話が書かれています(11節)。明らかに悪意をもって議論をふっかけてきたのは、以前にファリサイ派の人々とイエス様の一行との間で一悶着あったからです。

 7章をご覧ください。「ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た」(7:1‐2)。「見た」と書かれていますが、要するに「気になった」ということです。だからイエス様を詰問するのです。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか」(同5節)。

 なぜ弟子たちが昔の人の言い伝えを守っていないことが気になったか。ファリサイ派の人たちは昔の人の言い伝えを一生懸命に守っていたからです。彼らの生活がこんな風に書かれています。「ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんある」(同3‐4節)。

 こういう人は、他の人のことが気になるものです。喜んで守っている人は別でしょうが、義務感から、仕方なく守っている人や、あるいは自分はこれだけ一生懸命に何かを行っていると日頃から思っている人は、守っていない人が気になるものです。自分と同じように行っていない人が気になる。非難したくなる。そういうものです。また、当然のことながら、そのように他人の行動を批判的に見る人は、自分も批判されているのではないかと気になるものです。批判されないように一生懸命になる。ですから他人の行動ばかりではなく自分の行動も気になります。どう見えているか。どう判断されているか、と。結果的に自分の正しさを一生懸命にアピールするようになります。表向きの正しさを繕うようになります。それが攻撃されれば自分も攻撃的になります。その結果、律法主義の世界は裁き合いの世界ともなるのです。

 そのようなファリサイ派のパン種が困窮と不足の中に入り込むとどうなるでしょう。皆が互いの行動を問題にします。いったい誰が悪いのか。誰が正しいのか。そのような議論が始まります。皆が自分を正当化し、自分は正しいと主張し始めます。裁き合いが起こります。そのようなパン種は共同体を崩壊させることとなるでしょう。イエス様は言われました。「ファリサイ派のパン種によく気をつけなさい」。

ヘロデのパン種に気をつけなさい
 そして、困窮や不足が生じたとき、可能性としてもう一つ考えられることがあります。それは正しさを問題にするファリサイ派のパン種とは対極にあるものです。すなわち、そこでは善悪ではなく、ただ力関係がモノを言うようになる。そのような可能性は確かにあります。困窮や不足を解決する力を持った人、不足を満たすことができる人がいたら、その人の善悪は全く問題にされることなく人々から持ち上げられることになるかも知れません。その結果、能力にせよモノにせよ、何かを持っている者が周りを支配する共同体となっていきます。しかし、それこそが「ヘロデのパン種」なのです。

 ヘロデについては洗礼者ヨハネを投獄し、その首をはねた人物として6章に出てきます。ヘロデ・アンティパスというガリラヤおよびペレヤ地方の領主です。しかし、この福音書では「ヘロデ王」と呼ばれています。実際には王ではない人物を「王」と呼ぶのはある意味では皮肉です。王でもないのに王のように振る舞っていた人物であったということです。彼は酒の席で踊りをおどったヘロディアの娘にこう言い放ちます。「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」。実はこれは有名な言葉で、かつてオリエント一帯を支配した大ペルシア帝国の王クセルクセス一世が口にした言葉なのです。つまりヘロデは傲慢にも自らをあのクセルクセス王になぞらえているのです。そして、その王権を示すために、洗礼者ヨハネの首をはねたのです。

 そのような神をも畏れぬ傲岸不遜な人物を、それでもなお支持するユダヤ人の一団がありました。彼らはこの福音書において「ヘロデ派」と呼ばれています。宗教的な一派ではなく政治的なグループです。彼らがヘロデを支持したのはヘロデが正しいからではなく、ヘロデの権力の恩恵にあずかっているからです。ヘロデが支配することによって益を受ける人々だからです。

 先にも申しましたように、そのようなヘロデ派の精神、ヘロデのパン種が共同体の中に入ってくることがあり得ます。正しいか否かはどうでもよいのです。神に対してどのような態度であるかも別にいい。ただ不足を満たし困窮を解決してくれさえすればよい。そのようなヘロデのパン種が教会に入り込むなら、教会という麦粉全体を損なってしまいます。もはや教会ではなくなります。ですからイエス様は前もって弟子たちに言っておられたのです。「ヘロデのパン種によく気をつけなさい」。

まだ悟らないのか
 さて、弟子たちはイエス様の言葉を聞いて思いました。「これは自分たちがパンを持っていないからなのだ」。よほどパンを忘れたことを気にしていたのでしょう。そこでイエス様は言われました。「なぜ、パンを持っていないことで議論するのか。まだ、分からないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか。わたしが五千人に五つのパンを裂いたとき、集めたパンの屑でいっぱいになった籠は、幾つあったか」(17‐19節)。

 もちろん弟子たちは覚えていました。「十二です」と彼らは答えます。イエス様はさらに問いました。「七つのパンを四千人に裂いたときには、集めたパンの屑でいっぱいになった籠は、幾つあったか。」弟子たちは答えます。「七つです」。そこでイエス様は言われました。「まだ悟らないのか」。

 そうです、彼らは既に悟っていなくてはならないのです。五千人に五つのパンは明らかに足らなかったのです。彼らは困窮していたのです。しかし、イエス様がおられるところにおいては、その困窮は神の豊かさを知る機会となったのです。十二の籠に有り余るほどの神の豊かさです。四千人に七つのパンの時にも、明らかに足らなかったのです。しかし、それは七つの籠に有り余るほどの神の豊かさを知る契機となったのです。

 困窮のあるところ、それは互いに自分の正しさを主張し、裁き合い、悪人捜しをする場所にもなり得ます。困窮のあるところ、それはただ力を持つものが支配し、力ない者が隷属するような場所にもなり得ます。しかし、そこにはもう一つの可能性があるのです。それは皆が既に来られた救い主に目を向け、救い主を送られた神の限りない慈しみに目を注ぐことです。そして、それは神の豊かさを経験する場所となるのです。

 パウロが後に手紙に書いています。「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」(ローマ8:32)。その御子が共におられる。窮乏の舟の中にも御子イエス様が共におられる。それがどれほど大きな意味を持っているかを彼らは悟らなくてはならなかったのです。そこでパンが一個しかなくても、全く問題ではない。むしろ一個のパンが既に与えられているではないか、と語ることができるのです。「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」。大事なことはパン種を持ち込んでしまわないことです。ファリサイ派のパン種とヘロデのパン種を外に放り出し、まず神の御業に目を向け喜び祝う。私たちはいつもそのような教会でありたいと思うのです。

2014年7月13日日曜日

「神による救いの計画の中で」

2014年7月13日 
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 使徒言行録 13章13節~25節

    マルコによる福音書 6章14節~29節

聞いてください
 本日の使徒書の朗読では、パウロの伝道旅行の様子を伝える箇所が読まれました。第一回目の伝道旅行です。 パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに到着し、さらにそこからピシディアの山を越えて一路アンティオキアに向かいます。そこにはユダヤ人居留民の共同体があり、安息日には会堂において礼拝が行われていました。パウロとバルナバは安息日に会堂に入って席に着きます。いつものように礼拝は進められ、聖書が朗読されました。そこで会堂長たちが人をよこしてパウロたちに励ましの言葉を語るよう促します。そこでパウロが立ち上がり語り出しました。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください」(16節)。

 聖書が朗読された後に人が立って何かを語る。人々は何が語られることを期待していたのでしょう。皆さんだったら、何が語られることを期待しますか。今日お読みしたのは、そこで語られたパウロの言葉の一部ですが、一部だけを聞いても分かります。パウロがまず語り出したのは、聖書の言葉に従って生活しなさいということではありませんでした。神の戒めを守りなさいということでもありませんでした。パウロが開口一番語り出したのは、人間が何をすべきかということではなく、神が何をしてくださったのかということでした。主語は「わたしたち」ではなく「神」なのです。

 パウロはエジプト脱出の物語から語り出します。ユダヤ人の先祖はもともとエジプトにおける奴隷たちでした。その奴隷たちを率いてエジプトを脱出させたのはモーセという人物でした。しかしパウロは、偉大なる指導者モーセがイスラエルの民をエジプトから導き出したのだ、とは語らないのです。「この民イスラエルの神は、…導き出してくださいました」(17節)と言うのです。

 同じように、神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍ばれた。神はカナンの地を彼らに相続させてくださった。神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。「裁く者たち」というのは、聖書において「士師」と呼ばれていますが、特にイスラエルが危機に陥った時に現れてきた救済者たちです。しかし、パウロは「偉大な救済者が立ち上がってイスラエルを救ったのだ」とは言わないのです。

 後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、サウルを王として与えました。これも、「人々は王を求め、王国を建設した」とは言わない。そして、神はサウルを退けダビデを王の位につけました。そのダビデの子孫から、神は約束に従って救い主イエスを送ってくださいました。

 そのように、パウロは人間が何をすべきかではなくて、神が何をしてくださったかについて語ります。そのように、神の救いの歴史について語るのです。神の救いの歴史を貫いている神の計画について語るのです。

神の救いの計画を知るからこそ
 これは先にも申しましたように、パウロの最初の伝道旅行の途中における出来事です。それは多くの困難が予想される旅であったに違いありません。実際、同行していたヨハネは早くもペルゲにて戦線離脱してしまいました。そのような困難な宣教旅行を、パウロは少なくとも三回行ったことが使徒言行録には記されています。その宣教旅行により小アジアからさらにはヨーロッパに至るまで、各地において教会の基礎が据えられていったのです。

 このパウロの働きなくして、キリスト教の歴史は語ることができません。そのように、まさに命がけで、自分自身を捧げ尽くして、神に仕えていたパウロであり、実際に大きな成果を残すことになるパウロです。しかし、そのパウロが開口一番に語ったのは「わたしたちは」ではありませんでした。そうではなく「神は」なのです。神がしてくださったこと、してくださっていることを語るのです。

 逆に言えば、そのようなパウロであるからこそ、困難な宣教旅行を続けることができたとも言えるのです。「わたしは」「わたしたちは」ということしか見えていなければ、人間のしていることしか考えられなければ、思い上がったり落ち込んだり、そんなことを繰り返して本当に為すべきこともできなくなるのです。神のなさっていることが先にあり、神の御業の中に自分がいるということを知るからこそ、安心して人の為し得るところを行うことができるのです。

 実際、このアンティオキアの宣教を見ると、そのことが良く分かります。一方において、パウロの宣教は豊かな実を結ぶことになります。パウロの話を聞いた人たちは、次の安息日にも同じことを話してくれるようにと頼みました。そして、「次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た」(44節)と書かれています。その意味合いは、ユダヤ人ではない人たち、今まで会堂に足を踏み入れたことのないような人たちまでが大勢集まって来たということです。その結果、異邦人たちがイエス・キリストを信じるに至りました。その意味において、パウロの働きは実りを見たと言えます。

 しかし、もう一方において、ユダヤ人たちは口汚くののしって、パウロの話すことに反対しました。そして、町の有力者たちを扇動してパウロを迫害させたのです。パウロたちはその地方から追い出されることとなりました。

 そのように、アンティオキアの宣教には喜びがあり、そして悲しみがありました。そこには実り豊かな働きがあり、徒労に終わった働きがありました。しかし、そこでパウロは思い上がるでもなく、落ち込むでもなく、その両方を受け止めて前に進んでいくのです。なぜなら人間の働きが全てではないと知っているからです。「わたしたちは」ではなく、「神は」なのです。人間の働きの前に、神がしておられることがある。まず神の救いのご計画が先にあるのです。その中でパウロは働いているのです。だから安心して、為し得ることを行うために先に進むのです。彼は次なる宣教地、イコニオンへと向かって旅立ちます。

その方はわたしの後から来られる
 そして、パウロと同じように、神の救いのご計画に目を向けていたもう一人の名前が今日の聖書箇所には出てきます。洗礼者ヨハネです。パウロは次のように語っていました。「ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない』」(24‐25節)。

 洗礼者ヨハネは、まさに一世を風靡した預言者でした。「イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えた」とパウロは言います。マルコによる福音書には、「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた」(マルコ1:5)と書かれています。いくらなんでも「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆…洗礼を受けた」というのは誇張だろうとは思いますが、それにしてもヨハネの洗礼運動が当時の社会に計り知れない影響を与えたことは間違いないでしょう。その意味において、ヨハネがたった一人で始めた働きは豊かな実を結んだと言うことができます。

 しかし、先のパウロの言葉には「その生涯を終えようとするとき」とありました。その生涯を終えようとするとき――どのように?まさに今日の福音書朗読において、ヨハネの生涯の最後の日がどのようなものであったかが読み上げられたのです。「そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した」(マルコ6:24‐25)。そのように、ヨハネは獄中で首をはねられて死んだのです。しかも、余興の口約束のために首をはねられて死んだのです。

 それがパウロの言うヨハネの生涯の終わりです。パウロも当然、ヨハネがどのように死んだかは知っているはずです。しかし、その生涯の終わりにおいて、ヨハネはこう言っていたというのです。「その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない」。もっとも実際にヨハネが口にしていたのは前々からでしょうが、パウロはあえて「その生涯を終えようとするとき」と語ります。なぜなら、その言葉はまさにその生涯を貫いてその最後に至るまで、彼にとって何が大事であったかを示しているからです。

 「その方はわたしの後から来られる」。イエス・キリストがわたしの後から来られる。神の救いのご計画によって、イエス・キリストが来られる。そのことだけがヨハネにとっては重要だったのです。神がしてくださったことがある。そして神がなさっていることがある。その中で、自分の働きが報われたか、自分がどれほど実りある働きをすることができたかはどうでも良いことだったのです。神がなさっていることに比べたら、自分のしていることなど全く取るに足りないことなのであって、神が遣わされた御方の「足の履物をお脱がせする値打ちもない」と言うのです。そのようなヨハネによって、自分がどのように生涯を終えるかということさえも、大して重要なことではなかったのでしょう。だからヨハネはただ為すべきことを行ったし、行い得たのです。安心して悔い改めを宣べ伝え、洗礼を授け、ヘロデ王をいさめもしたのです。


 今、私たちもまた、神の大きな救いのご計画の中にいることに思いを向けましょう。神の御業が先にあるのです。その中において、私たちは私たちの為すべきことを行うのです。私たちはまずここにおいて大いなる神の御業をほめたたえ、そして、安心して一週間の生活へと歩み出しましょう。

2014年7月6日日曜日

「キリストによって派遣されて」

2014年7月6日 
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 マルコによる福音書 6章1節~13節


ここから派遣される私たち
 日曜日の礼拝は「招詞」から始まります。招きの言葉から始まるのです。それは私たちが主によって招かれて今ここにいることを意味します。私たちはそのように主によって招かれ集められた者として共に礼拝を捧げます。そして、礼拝の最後には「祝祷」が行われます。祝祷は派遣のための祈りです。私たちは、神の祝福を受け、ここから派遣されて出て行くのです。そして、一週間の生活を経て再び招かれてここに集まるのです。

 このことは、私たちの人生のホームがどこにあるかということと関わっています。私たちのホームはここにあるのです。日曜日の礼拝にあるのです。ここから遣わされるのです。そして、ここに帰ってくるのです。その意味で教会は「行くところ」ではありません。教会は帰ってくるところです。私たちの日常生活の場は、家であれ、職場であれ、学校であれ、すべて派遣先です。私たちは派遣されている者として生活するのです。それが信仰者としての日常生活です。

 では派遣先において、私たちはどのような意識をもって生活したらよいのでしょう。何を考えて生きたらよいのでしょう。そこで私たちが今日目を向けたいのは、主が弟子たちを派遣したという話です。主は派遣された者たちに、何を求められたのでしょうか。

汚れた霊を追い出すために
 主は弟子たちを二人ずつ組にして遣わされました。そこで目に留まりますのは、主が遣わす際に、彼らに「汚れた霊に対する権能」(7節)を授けられたというくだりです。そのような権能を授けたのは、もちろん「汚れた霊」を追い出すためです。そこに派遣の一つの目的が明確に表現されていると言えるでしょう。彼らは汚れた霊を追い出すために送り出されたのです。主によって派遣されるとはそういうことです。

 「汚れた霊を追い出す」と言いましても、私たちはそこでオカルト的な悪魔払いのようなことを考える必要はないでしょう。「汚れた霊」が何であれ、それが追い出されるということは、要するに生活が変わるということです。人々の生活が変わるということは、共同体に変化がもたらされるということです。それは家庭であるかもしれませんし、職場であるかもしれませんし、学校の友人関係かもしれませんし、あるいは社会全体、この世界全体を意味するかもしれません。いずれにせよ、汚れた霊が追い出されるということは、神の御心にかなった変化がもたらされるということです。「御心の天になるごとく、地にもなさしめたまえ」と祈っているではありませんか。それが現実に様々な形で起こるということでしょう。

 私たちは変化をもたらすために送り出されるのです。「汚れた霊」に様々な名前を付けて考えてみてください。例えば「憎しみ」が追い出されたらどうなりますか。「敵意」が追い出されたらどうなりますか。「淫らな思い」が追い出されたらどうなりますか。それは具体的な変化をもたらすことでしょう。イエス様は別な箇所ではこう言っておられます。「あなたがたは地の塩である」(マタイ5:13)。「あなたがたは世の光である」(同14節)。これもまた同じです。塩を投入するのは変化をもたらすためです。灯を置くのも変化をもたらすためです。その人が存在することで周りが変わるのです。信仰者がこの世界に遣わされ、それぞれの場所に置かれるとはそういうことです。

神に対する信頼
 そこでさらに目に留まりますのは、遣わすに当たってイエス様が弟子たちに与えられた不思議な命令です。「旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして『下着は二枚着てはならない』と命じられた」(8‐9節)と書かれているのです。要するに、送り出す際に弟子たちの持ち物を全部没収してしまったということです。

 なんとも無茶な話です。しかし、主があえてそうされたのは、遣わされて行く者にとってどうしても必要なことがあるからなのでしょう。それは何であるのか。主がなさったことから、少なくとも二つのことを考えることができます。それは「神に対する信頼」と「人に対するへりくだり」です。その二つはここから遣わされて行く私たちもまた忘れてはならないことなのでしょう。

 イエス様によって持ち物を取り上げられ、お金も取り上げられて、弟子たちは全く神に寄り頼まざるを得ない状況に追い込まれることとなりました。杖一本で出かけるとなったら、神が養ってくださることを信頼して出かけるしかないでしょう。弟子たちは、いつにもまして真剣に「日ごとの糧を与えたまえ」と祈ったに違いありません。

 そのように様々な欠乏は神への信頼と祈りを学ぶ学校となります。必ずしもあの弟子たちのように食べ物がない、お金がないという貧しさだけではありません。私たちが経験するのは、様々な具体的な問題に対する自分の無力さという「貧しさ」かもしれません。能力のなさ、資質のなさを思い知らされるような経験によって自分の「貧しさ」を知ることになるかもしれません。しかし、そこでこそ神への信頼と祈りとを学ぶことになるのでしょう。

 「汚れた霊に対する権能」を授けられた者として生きるなら、そのように遣わされた者として生きるなら、どうしても必要なのは神に対する信頼なのです。なぜなら与えられている権能の源は神にあるからです。自分の力によってこの世界を変えるようにと送り出されているのではないからです。まず大事なのは、あの弟子たちがそうであったように、いかなる困窮の中にあっても神に信頼して生きる人として、人々の間に存在することなのです。

人に対するへりくだり
 そして、もう一つ。それは「人に対するへりくだり」です。イエス様は弟子たちの持ち物とお金を没収してこう言われました。「どこでも、ある家に入ったら、その土地から旅立つときまで、その家にとどまりなさい」(10節)。当時のユダヤ人社会においては、旅人を泊めたり、もてなしたりすることは、信仰的な美徳と考えられておりましたので、決して珍しいことではありませんでした。イエス様は、そのような習慣を背景として語っているのです。要するに、「誰もがするように、旅先で誰かの世話になれ」と言っているのです。しかも、その土地にいるかぎり、「その家にとどまるように」と言っている。世話になり続けよ、と言っているのです。

 彼らは、新しい村に足を踏み入れる度に、繰り返し身を低くせざるを得なくなりました。まず泊めてもらわなくてはならない。食べさせてもらわなくてはならない。そのような弱い者として彼らは村に入っていくことになったのです。無一文ですから、何をするにも助けが必要なのです。

 そのように、イエス様は、弟子たちが何かを与える前に、まず何かを受ける者とされたのです。上の者が下の者に何かを教えるかのように、あるいは強い人間が弱い人間を助けるかのように、弟子たちが村々に入っていくことを主はお許しになりませんでした。伝道がそのような形でなされることを主は望まれなかったということです。

 一般的に言いまして、使命感に燃えている人は、往々にして受ける側に身を置くことを嫌います。与える側だけに身を置こうとするのです。「わたしは人の世話にはなりたくない」「わたしは人に迷惑はかけたくない」――いつの間にか私たちも口にしているかもしれません。しかし、与える側にばかり身を置きたがる人は、本当の意味で人と共に生きることはできないのです。同じ人間として、同じ地平に立って、他者と大切なものを分かち合うことができない。そういうものです。人の世話になりたくない人は、おそらく良き神の働き人にはなれないのです。

 弟子たちは、「汚れた霊に対する権能」を行使する前に、人に対してへりくだることを学ばねばなりませんでした。それは私たちも同じです。私たちの中には、家族で一人だけのキリスト者という方も少なくないでしょう。ご家族に神様の恵みを伝えたい、福音を伝えたいと思っているに違いありません。しかし、もしかしたらその前に、まず家族に「助けてください」と素直に言える人にならねばならないのかもしれません。知らず知らずに自分を上に置いていることが、しばしば福音宣教の妨げになっていることがあるからです。


 さて、そのように弟子たちは物乞いのような仕方で村に入って行ったにもかかわらず、そして事実人々のお世話になっていたにもかかわらず、その働きについてはこう記されています。「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」(12節)。彼らが行ったところに悔い改めが起こりました。悪霊が出て行きました。癒しが起こりました。人々の生活に具体的な変化が起こりました。村々に神の御心にかなった変化が起こりました。御心の天になるごとく地にもなるのを彼らは実際に目の当たりにしました。

 それが彼ら自身に由来するものでないことは明らかでした。彼らは何も持っていない物乞いのようなありさまだったのですから。それはイエス様が授けてくださった「汚れた霊に対する権能」によるのです。そこに現れているのは神の御業に他ならないのです。それゆえに彼らは主の御名をあがめたことでしょう。そのことを私たちもまた期待してここから出て行くべきなのです。様々な形における私たちの貧しさにもかかわらず、私たちを通して神の御業が現れることを期待して、ここから遣わされてまいりましょう。

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