2013年6月30日日曜日

「神はすべての人の神であるのだから」

2013年6月30日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 テモテへの手紙Ⅰ 2章1節~8節


すべての人々のために祈りなさい
 パウロは若き同労者であるテモテにこう書き送りました。「そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい」(1節)。

 この手紙を受け取ったとき、テモテはエフェソの教会の牧会に当たっていたようです。この手紙を読みますと、その働きは困難を極めていたことが察せられます。「これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、度々起こる病気のために、ぶどう酒を少し用いなさい」(5:23)ということまで書かれています。肉体的にも精神的にも相当に弱っていたのでしょう。パウロがこの手紙を書き送ったのは、何よりもそのような若き牧会者を励まし、また助けとなる具体的な指示を与えるためでした。そこでパウロは個人的な事柄を述べた後、このように勧めるのです。「そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。」

 まずは祈ること。問題がどれほど多くても、困難がどれほど大きくても、対処療法的に動き回るのではなくて、まずは祈ることなのです。しかも、それはただ直面している問題について神に解決を願い求めよということではなく、その祈りはすべての人々のために執り成すこと、感謝することをも含むのです。テモテはまずそのように祈らなくてはならない。いや、これはテモテだけではありません。8節以下には教会に対する指示が書かれていますから、ここで勧められているのは単にテモテ個人についてではなく、教会全体がそのように祈ることをも意味しているのでしょう。問題がどれほど多くても、困難がどれほど大きくても、教会の為すべきこと、それはまず、すべての人のために願い、祈り、執り成し、そして感謝することです。

 もちろん、「すべての人々のために」と言いましても、文字どおりすべての人々のために個々に祈ることはできないでしょう。これは明らかに、いかなる人をも祈りから除外してはならない、という意味でもあるに違いありません。「こんな人のために祈れない。ましてや感謝などできるものか」と言ってはならないということです。その具体的な実例として、「王たちやすべての高官のためにもささげなさい」と書かれています。それは「王たちや高官のため」に祈ることが必ずしも自明のことではなく、むしろそのことに困難を覚えるような事情があったからでしょう。

 それはある程度想像できることです。王たちや高官とは、具体的には皇帝や地方総督に代表されるローマの支配体制を指しているのでしょう。この手紙が書かれた時点においてローマの国家権力による迫害や弾圧がどの程度起こっていたのかは定かではありません。しかし、少なくともパウロは現に囚われの身となっているのであり、カイザルの囚人となっているのです。また、あのイエス様の弟子たちの中にも熱心党出身者がいたように、教会の中にもともと反体制意識の強い人たちが少なからず存在していたであろうことは十分に考えられることですから。教会が宗教的熱狂主義や原理主義に陥れば反社会的な行動や破壊的な行動に結びつくことはあり得ることです。しかし、だからこそパウロはそこであえて語るのです。「王たちやすべての高官のためにも、願いと祈りと執り成しと感謝とをささげなさい」と。

 これに類することは既にローマの信徒に対しても語られていたことでした。「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられているからです」(ローマ13:1)。もちろん国家が明らかに神に逆らう方向に進もうとしている時、あるいは国家が信仰の自由をさえ奪おうとするときには、抵抗しなくてはならない。しかし、その場合であっても、初期の教会は自ら武装して力に対して力をもって対抗しようとはしなかったのです。いずれにせよ、キリスト者は原則的にはこの世の秩序に従うのです。

 さらに言うならば、私たちはこの手紙が、後の時代、国家的な迫害の時代にもなお、読まれ続けたことを心に留めなくてはなりません。まさにローマの国家権力によって捕らえられ、殺される危険があるときでさえ、その礼拝において「王たちやすべての高官のためにも、願いと祈りと執り成しと感謝とをささげなさい」という言葉が朗読されたということなのです。そして、実際に祈られたのでしょう。その時、彼らは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5:44)というイエス様の言葉をも思い起こしたに違いありません。その意味でパウロがここで言っている「すべての人々のために」という言葉は、実に重い言葉であると言えます。

神は唯一、仲介者もひとり
 さて、そのようにパウロはまず第一に「願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。王たちやすべての高官のためにもささげなさい」と勧めているのです。それはなぜなのか。理由がその後に書かれています。まず書かれているのは、特に「王たちやすべての高官のために」と語ったことについての理由です。「わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです」(2‐3節)。

 私たちは今、ここにこうして集まって公に礼拝を捧げています。今週もここにおいて主の日の礼拝が行われることを当然のことのように思って集まってきました。私たちはこの集会が危険にさらされているとは思っていませんし、事実、恐らく平穏無事に礼拝が行われてある人は家路につき、ある人は午後の活動に参加するのでしょう。しかし、このように平穏無事に教会に集まることができるような生活があるということは特別な恵みなのです。いつどのような仕方で失われたとしても不思議ではないのです。実際、危険と隣り合わせでない教会生活など味わったことのない人たちが今日でも世界にはいくらでもいるのですから。パウロも同じです。平穏で落ち着いた信仰生活が営めるとするならば、それがどれほど大きな恵みかを骨身に染みて知っている人です。だからこそ「常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るため」にも、特に「王たちやすべての高官のために」祈ることを勧めるのです。

 しかし、パウロが「すべての人々のために」祈ることを勧めるのには、もっと大きな理由があります。「神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」(4節)。これこそが、ただ王たちや高官のためだけでなく、「すべての人々のため」に祈る理由です。先に触れましたように、実際には「王たちや高官のために」祈ることが心情的には困難であった時代もあったのでしょう。王たちや高官にかぎらず、「あんな人のために祈れるか」と思わずにはいられない人々はいくらでもいたに違いありません。それは私たちも同じでしょう。しかし、「あんな人のために祈れるか」と私たちが言うとき、神は言われるのです。「わたしはその人が救われて真理を知るようになることを望んでいるのだ」と。

 そしてパウロは、恐らく当時の教会の人が繰り返し唱えていたであろう信仰の言葉を引用します。「 神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです」(5‐6節)。

 なぜ「すべての人々」なのか。第一に、「神は唯一」だからです。神が唯一だということは、すべての人間がこの神との関わっているということです。「神は唯一」ならば、神はキリスト者だけの神ではなく、すべての人の神なのです。そのすべての人が救われることを神は望んでおられるのです。もちろん、そこでもなお人間の側が神の救いを受け入れるか拒否するかという問題は残ります。しかし、神がすべての人が救われることを望んでおられることを私たちが常に心に留めていることは重要です。神が閉め出しておられないのに私たちが閉め出してはならないのです。

 なぜ「すべての人々」なのか。第二に、「神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとり」だからです。仲介者が一人ということは、すべての人がこの御方によって仲介されなくてはならない、ということです。だから、神はすべての人が真理なるキリストを知ることを望んでおられるのです。それこそが教会の宣教の根拠です。教会がキリストを宣べ伝えるのは私たちがそうしたいという以前に、神がそのことを望んでおられるからなのです。

 ところで「神と人との間の仲介者」について語られるということは、人は神に直接的には近づくことができないことを意味します。これが聖書の語る極めて重要な認識なのです。それは古くはモーセの幕屋の構造、後のエルサレムの神殿の構造によく表わされています。聖所の中にもう一つの部屋がある。これが至聖所です。そして、その間は垂れ幕によって隔てられているのです。この垂れ幕は、罪深い人間が神に近づくことはできないことを象徴しているのです。人間が作った自分のための偶像ならばいくらでも自由に近づくことができます。こちらに罪があろうがなかろうが関係ありません。しかし、神がまことの神であり生ける神であるならば、そうはいかないでしょう。

 それゆえに人間のために仲介者が必要なのです。イエス・キリストが仲介者となってくださったのです。あえて「人であるキリスト・イエス」と書かれているのは、教会の中にキリストの人性を否定する異端が既に起こっていたからです。御子なる神は人となられたのです。そして、人間の代表として罪の裁きを受けてくださったのです。「この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました」(6節)と書かれているとおりです。あの十字架の上でイエス様が死んだとき、いったい何が起こったと書かれていますか。あの神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたと書かれているのです(マルコ15:38)。もはや神と人との間の隔てがなくなったのです。罪が贖われたからです。

 偉大な教師、宗教的な指導者は歴史の中にいくらでもいます。しかし、すべての人の贖いとして御自身を献げられた方はただひとりです。それゆえに神と人との間の仲介者はただおひとりです。イエス・キリストが御自身を献げてくださったこと、これは神の意志を世に示す決定的な証しでした。十字架にかけられたキリストは、「神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられる」という神の心の証しなのです。

 確かにテモテは多くの問題を抱えていました。私たちもそうなのでしょう。日々頭を抱えざるを得ない現実があるのでしょう。教会としても様々な問題を抱えてきたのでしょう。しかし、そのような諸問題にだけ目を向け、その解決だけを求めていてはならないのです。「神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられる。」その神の望んでおられることにこそ私たちの思いを向けるべきなのです。「まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい」。そうです、そうする時に、目の前の問題についてもふさわしい関わり方が見えてくるに違いありません。

2013年6月23日日曜日

「神はあなたを忘れてはいません」

2013年6月23日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 イザヤ書 49章14節~21節


主はわたしを忘れられた
 「シオンは言う。主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた、と」(14節)。

 「主はわたしを見捨てられた」。そんな思いを抱いたことはありますか。「わたしの主はわたしを忘れられた」。そんな思いを抱いたことはありますか。苦しみが長く続く時、出口の見えないトンネルの中を延々とこれからもずっと歩き続けなくてはならないかのように感じる時、神に祈り願っても依然として事態は何も変ってはいないように思える時、私たちの内にもこのような思いが湧き上がってくるかもしれません。「主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた」と。

 シオンとはエルサレムのことです。この場合、破壊され廃墟となったエルサレムです。紀元前五八七年、エルサレムはネブカドネツァルの率いるバビロニア軍によって二年間包囲された後に陥落し、城壁は破壊され、エルサレムの神殿は焼き払われ、主だった人々はバビロンに強制移住せられて捕囚となりました。それから五十年近くの月日が経ち、依然としてエルサレムの城壁も神殿も建て直されることなく、都は廃墟のままだったのです。そのような月日を経た捕囚の民の口に上ったのがこの言葉でした。「主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた」。

 確かに、見捨てられているとしか思えない時があります。忘れ去られているとしか思えない時があります。そこに罪の自覚が加われば、絶望はいよいよ深くなるのでしょう。捕囚の地にあって歴史を振り返った人々がいました。彼らに見えてきたのは、神が繰り返し預言者を遣わして語りかけ、呼びかけ続けてくださったという事実でした。そして、もう一つ見えてきたのは、その呼びかけに背を向け、耳を塞ぎ、逆らい続けてきた民の姿でした。見捨てられたとしても仕方がない。忘れられたとしても仕方がない。エルサレムの荒廃をもたらしたのは外交政策を誤ったゼデキヤ王でもなければ攻めて来たバビロンの王でもなかった。それは他ならぬ自分たちなのだ。それが彼らの自覚でした。そのように民の罪によって廃墟となり、荒れ果てたまま年月だけが過ぎていったエルサレムが、悔いと悲しみをもってこう嘆いているのです。「主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた」。そこにあるのは深い絶望の暗闇でした。

あなたを忘れることは決してない
 しかし、その暗闇の中に主の御声が響くのです。「わたしがあなたを忘れることは決してない!」主はそう言われるのです。それは暗闇の中に天から差し込んでくる一筋の光です。「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも、わたしがあなたを忘れることは決してない」(15節)。

 主が「忘れることはない」と言われる時、それは何を意味するのか。主はさらにこう言続けられます。「見よ、わたしはあなたをわたしの手のひらに刻みつける。あなたの城壁は常にわたしの前にある」(16節)。「刻みつける」という言葉は、レンガなどに絵や字を彫り込む時に使われる言葉です。そのようなことを手に対して行ったら、当然、痛みを伴うことになるでしょう。実際、ここで語られているのは、ある種の入れ墨のようなものだろうと多くの人は考えます。そのように痛みをもって手のひらに刻みつけ、「あなたを決して忘れない」と言われる。それは神の憐れみなのです。見捨てられても仕方のない者をあえて赦して受け入れる神の憐れみなのです。

 そのように、見捨てられても仕方のない者をあえて赦して受け入れて「あなたを決して忘れない」と言われる神の憐れみを思う時、私たちもまた私たち自身のことを考えざるを得ません。私たちもその憐れみを知っています。私たちもそのようにして救われたからです。そのように痛みをもって刻まれた私たち自身の名前。そうです、神はキリストにおいて私たちをもその御手に刻まれました。十字架の太い釘をもって。その釘の跡はイエス様が復活されたあとも残っていました。その傷跡を主は復活した時にトマスにお見せになりました。それはトマスのための傷跡であり、他の弟子たちのための傷跡であり、私たちのための傷跡でした。いわばその御手に、穴のあいたその御手に、私たちもまた赦された者として彫り刻まれているのです。

 「見よ、わたしはあなたをわたしの手のひらに刻みつける」と主は言われた。だから忘れられてはいません。罪を赦された者として常に主の御前にいるのです。人の目には主から忘れられているかのように見えても、見捨てられているかのように見えても、主は宣言されるのです。「わたしがあなたを忘れることは決してない」と。主は常に覚えていてくださいます。主は心にかけていてくださいます。主は見ていてくださいます。主は長い間苦しんできたことも分かっていてくださいます。その上で、主は私たちの未来にしっかりと目を向けていてくださるのです。

あなたの城壁は常にわたしの前にあ
 主はあの時、自らの手に刻みつけたエルサレムに向かってこう言われました。「あなたの城壁は常にわたしの前にある」と。崩れてしまった城壁は常に主の前にありました。惨めなエルサレムの姿は主の前にありました。主は決してそっぽを向いていたわけではありません。しっかりと見ておられた。しかし、主がご覧になっていたのは、ただ崩れてしまった城壁だけではありませんでした。主は再建された城壁をも見ておられたのです。やがて美しく建て直される城壁。その再建プランは既に主の御手にあったのです。主は人がまだ見ていない再建された城壁を既に見ておられた。それゆえに主はさらにこう言われるのです。「あなたを破壊した者は速やかに来たが、あなたを建てる者は更に速やかに来る」(17節)。

 「あなたを破壊した者は速やかに来た」。そうです。確かにそうでした。破壊されるのは速かった。それが建て直されるのには気が遠くなるほどの時間がかかると人は思います。これまでの苦しみの時が長ければ、その苦しみから解放されるのにも恐ろしく長い時間がかかるように思う。時にそれは永遠に続くとさえ思えるものです。しかし、主は言われるのです。「あなたを建てるものは更に速やかに来る」。なぜなら、それは主がなさることだからです。

 主は人間の時間割に従って事を為されるわけではありません。主は御自分の仕方で事を為されます。主はある日、突然、人間の思いがけない仕方で介入されるのです。実際、エルサレムの再建はそのように起こりました。再建のための勅令を出したのは、なんとバビロンを征服したペルシャの王キュロスだったのです。そして城壁の再建を指導したネヘミヤもペルシャの王に仕える高官であり、ペルシャ帝国の公務としてエルサレム入りすることになるのです。

主は備えておられます
 「あなたの城壁は常にわたしの前にある」。そのように、主は私たちの現実を見ていてくださいます。その主が私たちの未来をも見ていてくださいます。そこには主のご計画があるのです。そして、主がなそうとしておられることは、ただ「元通りになる」ということではありません。破壊されたエルサレムはただ元通りになるのではなく、それ以上のものとなるのです。

 主はこう言われました。「 目を上げて、見渡すがよい。彼らはすべて集められ、あなたのもとに来る。わたしは生きている、と主は言われる。あなたは彼らのすべてを飾りのように身にまとい、花嫁の帯のように結ぶであろう。破壊され、廃虚となり、荒れ果てたあなたの地は、彼らを住まわせるには狭くなる。あなたを征服した者は、遠くへ去った。 あなたが失ったと思った子らは再びあなたの耳に言うであろう、場所が狭すぎます、住む所を与えてください、と」(18‐20節)。

 廃墟となり人の住まなくなったエルサレムは、ただ元通りに人が住むようになるだけではありません。エルサレムは失った人々以上の人々が帰ってきて、入りきれないほどの人で賑わう繁栄した都になるというのです。人々は言うのです。「場所が狭すぎます」と。

 そのようなことが起こるならば人は不思議に思うわけでしょう。ですから主はこう言われるのです。「あなたは心に言うであろう、誰がこの子らを産んでわたしに与えてくれたのか、わたしは子を失い、もはや子を産めない身で、捕らえられ、追放された者なのに、誰がこれらの子を育ててくれたのか、見よ、わたしはただひとり残されていたのに、この子らはどこにいたのか、と」(21節)。

 誰が生んでくれたのか。誰が育ててくれたのか。もちろん神様です。神様が生んで育てておられたのです。いつですか。彼らが「主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた」と言っていた時にです。まだ再建の兆しも見えなかった時です。何も進んではいないように見えた時です。その時に、主は既に再建された城壁を見、そして、そこに住む人々を備えておられたのです。

 「主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた」。そのように見える時、そのように思えてくる時、ぜひ今日の御言葉を思い起こしてください。主は言われます。「わたしがあなたを忘れることは決してない」。私たちは主の手に彫り刻まれているのです。主は忘れてはおられません。主は私たちの現在を、そして未来を見ていてくださいます。そして、主は何も進んではいないように見える今、そのために着々と準備を進めておられるのです。

 ならば大切なことはただ一つ。信仰に留まることです。エルサレムの言葉をもう一度聞いてみてください。「主はわたしを見捨てられた。わたしの主はわたしを忘れられた」。「主は見捨てられた」と言いながらもなお「わたしの主は」と言っているのです。そうです、当時、主を捨ててバビロンの神々に帰依していく人たちがいる一方で、自らの罪を自覚しながらも、暗闇の中にあっても、どこまでも主に向こうとしていた人たちがいたのです。そのような人々が主の言葉を聞いたのです。「わたしがあなたを忘れることは決してない。見よ、わたしはあなたをわたしの手のひらに刻みつける。あなたの城壁は常にわたしの前にある」と。私たちもまた信仰に留まるならば、私たちへの語りかけとして主の言葉を聞くのです。暗闇の中に差し込む一筋の光として。「わたしがあなたを忘れることは決してない」。

2013年6月16日日曜日

「豊かな人として生きる」

2013年6月16日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ 8章1節~15節


 今日は朗読された聖書箇所の中で特に8章9節の言葉に注目したいと思います。次のように書かれていました。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」(9節)。

キリストの恵みを知っている
 まずこう書かれています。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています」。

 先ほど読まれましたとおり、この8章はおもに「お金」のことが書かれている章です。「募金」の働きについて書かれているのです。おそらくはエルサレムの貧しいキリスト者たちを助けるためのものだったと思われます。そのような働きが各地の教会においてなされていました。パウロはコリントに宛てた手紙の中でマケドニアの諸教会における募金活動の様子を紹介しています。

 「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。わたしは証ししますが、彼らは力に応じて、また力以上に、自分から進んで、聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕に参加させてほしいと、しきりにわたしたちに願い出たのでした」(1‐4節)。

 そして、それに続けてコリントの教会に対しても、この募金活動に励むように勧めているのです。「わたしたちはテトスに、この慈善の業をあなたがたの間で始めたからには、やり遂げるようにと勧めました。あなたがたは信仰、言葉、知識、あらゆる熱心、わたしたちから受ける愛など、すべての点で豊かなのですから、この慈善の業においても豊かな者となりなさい」(6‐7節)。そして、さらに続けてこう言うのです。「わたしは命令としてこう言っているのではありません。他の人々の熱心に照らしてあなたがたの愛の純粋さを確かめようとして言うのです」(8節)。

 これを読んでどう思われましたか。聞きようによっては、他の人たちの頑張りを引き合いに出して、「あの人たち熱心に良くやっています。彼らを見習ってあなたたちも頑張りなさい」と言っているように聞こえなくもない。そう、パウロもそのことは分かっているのでしょう。他の諸教会の活動について紹介したら、そこで熱心さの比較が起こるかもしれないことを、パウロは分かっているのです。しかし、ここで重要なのは彼が言っているように「愛の純粋さ」なのです。「私たちも彼らに負けてはいられない」と言うのでは「愛の純粋さ」とは結びつかないでしょう。

 ですから、あえてパウロはここで人間の頑張りの話ではなく、「神の恵み」として語っているのです。「マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう」と言ってますでしょう。そして、コリントの人たちにも言うのです。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています」。

 「キリストの恵みを知っている」。教会の働きというものは、信仰者の行動というものは、本来そこから生じてくるべきものなのです。「私たちはキリストの恵みを知っている。だからこのことをするのです。」「私たちは神の恵みを知りました。だからこのことをするのです。」そうあってこそ、神のことを思わない比較と競争に陥る誘惑、単に神の名を借りた自己実現に陥る誘惑から守られるのでしょう。そうあってこそ「愛の純粋さ」が語られ得るのです。

 以前、キリスト者学生会の主事がこんなことを書いていました。「私たちの心は、玉ねぎのようにどこまでむいても『私を見て』と叫んでいます。親切や献身でさえも自分の足場を固めるための道具にしか過ぎません。『あなたのために』という声も、『あなたのためにこれをする私を見て』という声の省略です。…」ずいぶん辛辣なことを書く人だなあ、と思いましたが、言われていることは間違っていないと思います。「キリストの恵みを知っている」ということが抜けていれば、人間の自然な性向としては「わたしを見て」になってくる。コリントの教会の募金活動も、「マケドニアの教会ではなく、私たちを見て」になりかねなかったのです。

主はあなたがたのために貧しくなられた
 それゆえに、パウロはコリントの人たちが知っているはずの「主イエス・キリストの恵み」についてさらに次のように語り始めるのです。彼は言います。「すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。」

 「主は豊かであったのに」とはどういうことでしょうか。主イエスが生まれたところは馬小屋でした。主が育った家庭は決して豊かではありませんでした。主が弟子たちとともに宣教の働きをしていたときでさえ、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には枕するところがない」と言っておられたとおり、決して豊かではありませんでした。それでもなお、聖書は「主は豊かであった」と語るのです。なぜなら聖書はキリストの生涯を馬小屋から始まったものと見てはいないからです。父なる神と共におられた御子なる神の到来として見ているからなのです。

 私たちが礼拝しているキリストとは、努力の末に霊的な力を獲得した偉大な人物ではありません。そうではなく、神の御子があえて天の栄光を捨てて貧しくなり、この世に来られたのです。富むことに、得ることに、受けることに躍起になっている私たち人間の世界に、神の子がまず貧しくなられて身を置かれたのです。いや、それだけではありません。フィリピの信徒への手紙には次のように書かれています。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ2:6‐8)。十字架の死に至るまで。それがキリストの引き受けられた貧しさでした。それは何故か。「主は豊かであったのに、《あなたがたのため》に貧しくなられた」と書かれているのです。

 「あなたがたのため」とはいったいどういうことでしょうか。パウロは言います。「それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」キリストが十字架に掛けられたのは私たちが豊かになるためであると言うのです。

あなたがたが豊かになるために
 「あなたがたが豊かになるため」と言いますが、これは言い換えるならば「あなたがたはもともと貧しいのだ」と言うことでしょう。貧しいから豊かになることが必要なのです。しかし、私たちは貧しいのでしょうか。いや、ここで言う「貧しさ」を知るためには、「私たちは貧しいのだろうか」と問うよりも、「私たちは本当に貧しくないのだろうか」と問う方が良いのかもしれません。

 実際、私たちの持っているものは何でしょうか。私たちはいったい何を所有するのでしょうか。本当の意味で所有しているものなど何もありません。それは傲慢にも私たちが「自分のものだ」と思っている何かが私たちの意に反して失われる時に、否が応でも突きつけられる事実です。考えて見るならば、私たちの命でさえも、私たちは本当の意味で所有してなどいないのです。ならばいったい何が私たちに属するのでしょう。私たちが確実に持っているものは何でしょう。あえて言うならば、私たちに属するのは「罪」と「死」だけです。「死」は未来のどこかにあるのではありません。私たちの背中に背負っているのです。私たちは生きながらにして「死」を負った存在です。それゆえに私たちは常に「死につつある(dying)」存在です。

 そのように、私たちが確実に持っているのは「罪」と「死」だけです。いわば借用証書だけを所有しているようなものです。本当は貧しいのです。その貧しさを私たちは忘れたいと思います。ですから、実際所有してはいないこの世のもので自分の不安を解消しようとするのです。しかし、実際の貧しさは時が明らかにするでしょう。私たちが人生の最後にさしかかるとき、ああ自分は本当に貧しいということがわかる。ならば、最後になる前に分かっていたほうが良いのでしょう。

 では、その貧しさをどうすれば良いのでしょうか。貧しさから抜け出すには、負債を肩代わりして頂き、さらに富を与えて頂くしかありません。それは人にはできないことです。しかし、人となられた神、死んでよみがえって今も生きておられるこのお方にはできるのです。

 私たちの貧しさの極みにキリストは降りてきて下さいました。そして、負債を引き受けて下さいました。キリストは私たちの罪を代わりに担い、死を引き受けられました。これ以外に私たちの貧しさを解決する道はありませんでした。キリストは御自身貧しくなることによって、私たちを「豊か」にして下さいました。借用証書を破り捨てられただけではありません。さらに私たちに永遠の命を与えて下さったのです。それは救われて神との永遠の交わりに入れられるということです。いや、それどころか、神は私たちを「神の子」と呼んで下さるのです。私たちは今から神を「天にまします我らの父よ」と呼んで生きるという生活を与えられているのです。

豊かな人として生きる
 これがキリストの恵みです。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています」。そうです。まずこの恵みを知ることから始まるのです。その恵みに目を向け、その恵みによって生きることです。恵みこそがすべての源だからです。パウロが紹介していたマケドニアの諸教会の募金活動の源もそこにあったのです。恵みから生まれたものです。ですから不思議な書き方がされていましたでしょう。「彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです」(2節)。

 実際には彼らは苦しみの中にありました。試練を受けていました。極度の貧しさの中にありました。しかし、そこからあふれ出る喜びがありました。そこにはあふれ出てきて、他者に与えることができる豊かさがありました。なぜか。キリストの恵みが源だったからです。そうです、キリストが貧しくなってくださったゆえに、彼らは豊かにされていたのです。どのような状況に置かれていたとしても、恵みによって豊かな人として生きることができたのです。それは彼らの頑張りなどではありませんでした。恵みを源とするものですから、すべてが神の恵みとして与えられたものなのです。ですからパウロはこう言っていたのです。「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。」

 パウロがマケドニア州の諸教会について語ったのは、彼らが豊かに生きたように、コリントの信徒たちもまた豊かな人々として生きて欲しいと願ってのことなのです。それは他ならぬ神の願いでもあるのでしょう。そして、そのような聖書の言葉が伝えられて私たちが今聞いているのは、私たちもまた豊かな人として生きることを神が望んでいてくださるからなのです。

2013年6月9日日曜日

「闇夜に輝く星のように」

2013年6月9日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 フィリピの信徒への手紙 2章12節~18節


 今日の聖書朗読は次のような言葉で始まっていました。「だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい」(12節)。

 「自分の救いを達成するように努める」と書かれていましたが、私たちは信仰生活において常々「自分の救いを達成するように努める」ということを考えながら生活しているでしょうか。もしそうでないなら、私たちは改めてこの御言葉を受け取らなくてはならないのでしょう。

自分の救いを達成するように努める
 さて、「自分の救いを達成するように努める」とはいかなることを意味しているのでしょうか。それは私たちが良き行いを積んで救いを獲得するということでしょうか。私たちが正しい人となり救われるにふさわしい人間となるということでしょうか。いいえ、聖書は私たちが自分の行いによって救いを獲得するのではないことをはっきりと語っています。例えば別の手紙においてパウロは次のように書いているのです。「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです」(エフェソ2:8‐9)。

 そのように、救いは神の賜物なのです。恵みによって与えられるプレゼントであり私たちはただ受け取るだけなのです。そのように神は一方的な恵みによってキリストをこの世にお送りになられ、キリストの十字架によってこの世の罪を贖われ、ただ十字架のゆえに私たちは罪を赦されて、神との交わりに入れられるのです。私たちが神の子どもたちとして「天にまします我らの父よ」と祈り、こうして共に礼拝していること自体が既に救いの現れなのです。その意味において、私たちは「救われた」と表現することができる。私たちは「恵みにより、信仰によって救われました」と言えるのです。

 ではなぜ「自分の救いを達成するように努めなさい」と言われているのでしょう。そこで自分がいただいたプレゼントを手にしている姿を想像してみてください。私たちはその中身を一つ一つ味わいはじめています。やがてその中身のすべてを見て驚く時が来るでしょう。しかし、そのように受け取ったプレゼントを奪おうと狙っている敵があちらこちらに潜んでいるとしたらどうでしょう。私たちはそれを持って歩く時に、奪われないように注意深く歩いていくことでしょう。場合によってはそれを奪われないために敵と戦わなくてはならないかもしれません。

 私たちは一方的な神の恵みによって神との交わりに入れられ、神の子どもたちとして生き始めました。そのような信仰生活を与えられました。それが何を意味するのか、そのすべてを私たちはまだ見ていません。ただその栄光に満ちた救いを少しだけ味わい始めているだけです。そのように救いの完成に向かって歩んでいるのです。しかし、私たちがそのように歩んでいるこの世界には罪の力が働いていることを私たちは知っています。私たちを神から引き離す力が働いているのです。せっかくいただいた信仰生活を破壊する力が厳然として働いているのです。悪魔との戦いについては聖書が繰り返し語っていることですが、それは決しておとぎ話ではないのです。

 そこで、私たちは無償の賜物として罪の赦しを与えられ、神との交わりを与えられ、信仰生活を与えられたなら、その救いの完成に至るまで、最後まで神と共に歩むことを本気で考えていかなくてはならないのです。それをパウロは「従順」という言葉で表現するのです。信じて従い続けることです。どこまでも信じて従い続けることなのです。「だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい」。

 そのように信頼して従うのは、他ならぬ神御自身が救いの完成を願っておられるからです。私たちの内に働きかけて救いの望みを与えてくださったのは神御自身が、その実現へと導こうとしておられるのです。「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行なわせておられるのは神であるからです」(13節)と書かれているとおりです。だからその神に信頼して従い続けさえすれば、救いの完成に至るのです。そうです、私たちの側として必要なのは従順であることなのです。

不平や理屈を言わずに行いなさい
 では具体的にどうしたらよいのでしょう。そこでパウロは次のような勧めを与えています。「何事も、不平や理屈を言わずに行ないなさい」(14節)。「理屈を言う」というのは「疑う」とも訳せる言葉です。信頼しないでブツブツ言うことです。さて、従順が語られるところで、どうして殊更に「不平を言わずに」という話が出てくるのでしょう。それは実際に従順が非常に重要になる場面で、不平を言い、理屈を言って従おうとしなかった人々がいたからなのです。そのような人たちの話が旧約聖書に出てくるのです。

 ご存じのように、エジプトにおける奴隷であった民は、神によってエジプトから解放され、モーセに率いられて神と共に歩む民となりました。それは神の恵みであり恵み以外の何ものでもありませんでした。神が葦の海を二つに分けてその中を通らせた話は有名ですが、それこそまさに恵みが何であるかを明らかにする出来事でした。そのように恵みによって救われた民が、神の恵みに感謝しつつ、安息の地に向かって旅をし始めたのです。昼は雲の柱、夜は火の柱に導かれての旅でした。それは神が共におられることのしるしでした。主が共におられるゆえ、確実に安息の地へと向かうことのできる旅だったのです。ただ信頼して従って行けば良かったのです。

 しかし、聖書はなんと語っているでしょうか。すぐに彼らは不平を言い始めたのです。彼らは、水がない、食べ物がないと言ってつぶやき始めたのです。彼らを救ってくださった御方が真実であることを信じなかったのです。彼らはモーセに言いました。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている」(出16:3)。彼らは救いの恵みを忘れて、彼らの古い生活、エジプトの肉鍋を懐かしんでいるのです。彼らは繰り返しこのように不平を言いました。そしてついには、「エジプトに引き返した方がましだ」(民13:3)とまで言い出したのです。

 同じことが今日の私たちにも起こるかもしれません。ですから聖書は言うのです。「何事も、不平や理屈を言わずに行ないなさい」。不平を言うというのは、ある意味では小さなことです。他の人に対して極悪非道なことを行っているわけではないでしょう。しかし、その小さなことが救いの達成と深く関わっているのです。

 エジプトの国で死んだ方がましだった。エジプトからの脱出なんてしなければよかった。そのようにイスラエルの民はつぶやきました。同じように私たちも試練の中を通される時に、後ろを向いて古い生活を懐かしむようなことがあるかもしれません。しかし、今もし荒れ野に導かれているとするならば、そこには神の意図があるのでしょう。そこで与えようとしていることがあるのでしょう。そこで為さなくてはならないことがあるのでしょう。どうしても為さなくてはならないことや、しばし堪え忍ばなくてはならないことがあるならば、後ろを向いて不平を言いながら行うのと、前に向かって救いへの導きを信じて行うのとでは天と地ほどの開きができるのです。「何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい」。繰り返しますが、その小さなことが救いの達成と深く関わっているのです。

星のように輝いて
 しかし、ここでもう一つのことを考えたいと思うのです。パウロは単に、「何事も、不平や理屈を言わずに、従順でいなさい。そうすれば、あの不従順の民のように途中で滅んでしまうことはないから」と言っているのではないということです。「途中で滅びてくれるな」というような、そんな消極的な意味合いでこの勧めをしているのではないのです。なんとパウロはこのように続けるのです。「そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう」(15‐16節)。

 彼がフィリピの信徒たちのことを考える時に思い描いていたのは、真っ暗な闇夜においてキラキラと輝いている星々だったのです。確かにこの世界には罪の力が大きく働いているのでしょう。この世界の罪の故に起こってくる様々な苦しみを使って、悪魔は信仰者を神から引き離そうとするのでしょう。この世界は確かにいまだ救いの朝を迎えてはいない夜の世界です。しかし、そこで神が見たいと思っているのは、なんとか信仰を保っていますというレベルのことではないのです。まだ救いの朝が来ていないこの世界において、いやそのようないまだ暗闇が覆っている世界だからこそ、そこに星のように輝く人々が生きることを期待しておられるのです。私たちが恵みの賜物によって信仰生活が与えられているとはそういうことなのです。

 もちろん、普通に考えるならば、ここに書かれていることは、はるか遠くに見える山の頂のような話です。「とがめられるところのない清い者」とか「非のうちどころのない神の子」などという言葉を読みますと、それはとても私には無理でしょうと思わざるを得ない。しかし、それをお望みなのは神なのです。そのように導いておられるのは神御自身なのです。だから信頼して一歩一歩進んでいけばよいのです。その小さな一歩は何か。「何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。」今、置かれている現実の中で神を信じることです。信頼して喜びながら従っていくことです。不平を言いながら星のように輝くことなどできようはずもありません。救ってくださった方を信じ、与えられている状況の中で事々に感謝をもって受け止めて生きてこそ、確実に一歩一歩を踏み出すことになるのです。そのような歩みを続ける内に、やがて私たちは自分の救いを達成することになるのでしょう。私たちは恵みによって救われました。その恵みを無駄にすることなく、救いの達成へと向かって主と共に歩んでまいりましょう。

2013年6月2日日曜日

「知られざる神・知り得る神」

2013年6月2日 主日礼拝
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 使徒言行録 17章22節~34節


神は遠く離れてはおられない
 今日は使徒言行録に記されているパウロの説教をお読みしました。アレオパゴスの評議所において、パウロはアテネの人たちにそのように語りかけました。「実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません」(17:27)。そしてこう言ったのです。「我らは神の中に生き、動き、存在する」と。

 この言葉は翻訳された聖書では鉤括弧に入っていますでしょう。そのようにこれは引用された言葉です。旧約聖書の引用ではありません。これはクレタ島のエピメニデスという詩人の言葉であると言われています。聴衆にとっては馴染みの深い言葉だったと思われる異邦人の言葉をパウロはあえて使いました。語られているのはまさに彼らに関わることであることを示すためです。「我らは神の中に生き、動き、存在する」。その「我ら」というのはクレタ人でもあり、パウロが今これを聞かせているアテネの人たちでもあるのです。「実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません」という時、その「わたしたち」にはすべての人が含まれるのです。

 パウロがアテネのギリシア人にあえてこのことを語るのは、24節に語られているように神が「世界とその中の万物とを造られた神」だと信じているからです。その神は、すべての人に命の息と、その他すべてのものを与えてくださっている神なのです。「命の息と、その他すべてのものを与えられていることについては、ユダヤ人もギリシア人もありません。そのように命の息を吹き入れられた多くの民族は、同じ神によって導かれ、定められた季節と定められた居住地の中に生かされている。「神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました」(26節)と語られているとおりです。それは何のためであるか。パウロは言います。「人に神を求めさせるためだ」と。そしてこう続けます。「また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです」(27節)。

 探し求めさえすれば、神を見いだすことができる。なぜなら、神を求めさせてくださるのは、神御自身だからです。人間が神を求めることを、神御自身が望んでいてくださる。天地の造り主が自ら見いだされることを望んでおられる。私たちに命の息を与えてくださった御方が、自ら知られることを望んでいてくださるのです。「実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。」繰り返しますが、その「わたしたち」にはすべての人が含まれるのです。

知られざる神に
 パウロがどうしてこのような話をしたのか。パウロがアテネで語り始めた時、アテネの人々、特にストア派の人々だと思いますが、彼らがこう言っていたからです。「彼は外国の神々の宣伝をする者らしい」。それは「パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていたからである」(18節)と書かれています。復活というのは「アナスタシス」という女性名詞です。これを人々はイエスと並ぶ女神と勘違いしたようです。

 ところで当初、パウロはアテネでの宣教は予定していませんでした。パウロがアテネに滞在したのは、後から来るシラスとテモテと落ち合うためだったのです。しかし、パウロがそこで目にしたのは、おびただしい数の神々の像であり神々の祭壇でした。当時、三千もの神々の像や神殿があったと言われます。それらを見たがゆえにパウロは「会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、また、広場では居合わせた人々と毎日論じ合っていた」(17節)わけですが、そのような滞在期間の間にパウロが見いだしたのは、「知られざる神に」と刻まれている祭壇でした。

 今日お読みした箇所においてパウロはこう言っています。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです」(22‐23節)。そこで彼はこう続けたのです。「それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう」。こうして「知られざる神に」という祭壇を見たことが、「知られ得る神」「知られることを求めておられる神」について語るきっかけとなったのです。それは「外国の神々」なのではなく、彼らの神でもあるのです。

 確かに、アテネは一面において極めて宗教的な都市だったのでしょう。そこにいる人たちの多くは、「信仰のあつい方」たちだったのだと思います。しかし、そのような宗教的な世界、信心深い世界のただ中に「知られざる神に」と書かれた祭壇が存在している光景を思い描いてみてください。それは極めて象徴的とも言えるでしょう。すなわち、人間の信心深さは必ずしも神を知ることの熱心さとは結びついていないということです。そうです、そこには「知られざる神に」という祭壇があったのです。

 「知られざる神に」あるいは「知られざる神々に」と書かれていたのかも知れませんが、その祭壇が造られた背景には一説によれば紀元前六世紀に流行した疫病があるとも言われます。確かにそれは考えられることです。人間が神々を祭るとき、当然のことながら、そこには神々にして欲しいことがあるわけでしょう。また、その一方において、して欲しくないことがある。叶えて欲しい願望がある。免れさせて欲しい災いがある。そういうものです。人間の欲望が多岐にわたるなら、それを満たしてくれる神々の数も増えていきます。一つの災いが起こった。その災いが二度と起こらないように神を祭るとするならば、災いの数だけ神々の数も増えていくことでしょう。そこで必ずしもどの神に願って良いか分からないことも起こってきます。ならばとりあえず「知られざる神に」願っておくのがよいでしょう。つまるところ、疫病が無くなること、そして二度とそのようなことが起こらないようになることが重要なのであって、その願う相手が誰であるか分からなくてもよいのですから。

 欲求の満たしと災いの回避を人間が切に求める時、それを実現してくれるは別に誰であってもよいのです。別に「知られざる神」でもよいのです。もしかしたら人間がそれを実現してくれるのであれば、別に神でなくてもよいのです。――「偶像礼拝とはそういうものだ。御利益宗教とはそういうものですよ、クリスチャンは違いますよ」などと単純に言ってはいられません。これはある意味では人間の宗教心の根底にあることですから、必ずしも宗教の違いで片付けられない話です。

 実際どうですか。神々ならぬ唯一の神を礼拝していると言っている私たちもまた、願っていることが叶うか、災いを免れることができるか、要するに「何を得られるか」ということにしか関心が向いていないということはあり得ることではありませんか。キリスト者がいつの間にか「知られざる神に」という祭壇に向かって礼拝していることはあり得ることではありませんか。信仰生活をスタートしてだいぶ経つのに、いったいどのような御方を礼拝しているのか、どのような御方に祈っているのかということには関心がないし、実際知ろうともしていない。「知られざる神に」ということで良しとしているということは、あり得ることでしょう。

知り得る神に立ち帰る
 ですから、私たちもまたパウロがアテネの人たちに語った次の言葉に耳を傾けねばならないのです。「さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです」(30‐31節)。

 「先にお選びになった一人の方」とパウロは言います。パウロは名前を挙げません。しかし、私たちはそれがイエスという方であることを知っています。私たちの罪を贖うために十字架にかけられ、そして死者の中から復活させられた方、今も生きておられる方、そして最終的にこの世界を正しく裁かれるために再び来られる御方です。

 先に「天地の造り主が自ら見いだされることを望んでおられる。私たちに命の息を与えてくださった御方が、自ら知られることを望んでいてくださる」と申しました。その神はご自身が知られるために、見いだされるために、究極のアクションを取られたのです。それがキリストの十字架と復活です。それゆえに、パウロは「無知な時代」の終わりを宣言するのです。「今は!」と語り始めるのです。

 「今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます」。「悔い改め」とは何でしょうか。それは方向転換です。神御自身を求めることへの方向転換です。「無知な時代」は終わったのです。「知られざる神に」向かっている時代は終わったのです。探し求めさえすれば見いだすことのできる御方、求めさえすれば知り得る神へと向かう方向転換です。知られることを望んでおられるこの世界の造り主、私たちに命の息を与えてくださり、すべてのものを与えていてくださる方を知ることへの方向転換です。

 「実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません」。私たちの目の前に十字架がかかげられているように、そして聖餐のパンと杯において示されているように、その神は、キリストにおいてご自身を現してくださった御方です。その御前おいて礼拝している私たちは何を考えてここにきたのでしょう。私たちには長い間願い求めてきたものがあるかもしれません。取り除いて欲しい苦しみがあるかもしれません。しかし、神がまず与えようとしているのは神様御自身との交わりなのです。私たちが神を知るようになることなのです。私たちの様々な求めを横に置いて、まず神様御自身を求めましょう。そのような信仰生活を求めましょう。神は与えてくださいます。それは神様の求めでもあるからです。

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