2016年7月24日日曜日

「キリストの命を共に受けるために」

2016年7月24
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 11章23節~29節

「主の晩餐」と呼ばれた食事
 私たちは毎週この礼拝堂に集まっています。では教会が誕生した頃、二千年前の教会はどのような場所に集まっていたのでしょうか。使徒言行録にこんな記述があります。「そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである」(使徒言行録2:46‐47)。

 集まる場所は二つありました。一つはエルサレムの神殿です。もう一つは民家でした。神殿参りと家ごとの集会。これが信仰生活の柱でした。やがて神殿参りは失われていきました。神殿が遠ければ日々の神殿参りは不可能だったでしょうし、紀元70年には神殿そのものがローマ軍に破壊されて無くなってしまいましたから。ということで、残ったのは家ごとの集会でした。

 私たちは現在新会堂建築のために準備を進めていますが、教会堂建築の歴史を遡って行きますとたどり着くのはそのような「家の集会」です。教会堂の原型は「神殿」ではありません。人々が「集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していた」その「家」こそが、教会堂の原型です。

 それゆえに二千年を経て私たちが集まっているこの場所も、神殿のような形にはなっていません。これは「家」だからです。ですから正面には祭壇があるのではなく、聖所も至聖所もなく、「聖餐卓」と呼ばれる食卓が置いてあるのです。そして、私たちが今日行っていることは、かつて人々が家ごとに集まって行っていたことと基本的には同じなのです。

 そこでは食事が行われていたと書かれていました。それはただ空腹を満たすための食事ではありませんでした。単なる楽しみのための会食でもありませんでした。それは特別な食事でした。それは後に「主の晩餐」と呼ばれるようになりました。キリストが宣べ伝えられ、エルサレムから遠いところに教会が誕生したとしても、そこでは必ず同じ特別な食事、「主の晩餐」が行われました。それはエルサレムから遠く離れたコリントに誕生した教会でも同じでした。その集まりにおいて「主の晩餐」が行われていました。

 コリントの人々に最初にイエス・キリストを伝えたのはパウロでした。当然のことながら、最初に救われた人たちに「主の晩餐」を行うことを教えたのもパウロでした。使徒言行録によりますとパウロの滞在期間は一年六ヶ月でした。パウロが去った後も「主の晩餐」は続けられました。

 そのようなコリントの教会に対し、しばらくの時を経てもう一度、パウロが「主の晩餐」について説明しています。なぜこの特別な食事が行われているかを思い起こさせているのです。それが今日の聖書箇所です。

 パウロはこの食事が単なる会食ではなく、主イエスに由来することを語ります。「わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです」(23節)。そうです、それは主が教会に手渡してくださったのです。そして、教会を通してパウロも主から受け取ったのでした。そのパウロがコリントの人々に手渡しました。そのようにして彼らもまた主から受け取ったのです。

 コリントの人たちは何を主から受け取ったのか。パウロはこう続けます。「すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、『この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました」(24‐25節)。

 そこに書かれているように、それはキリストを記念して行う食事した。しかし、それは故人を偲ぶための食事とは異なります。キリストは故人ではありませんから。復活して永遠に生きておられる御方です。その御方が「これは、あなたがたのためのわたしの体である」と言われるのです。それは特別な食事です。それはキリストの体を食べる食事なのです。

 それが何を意味するか、コリントの信徒たちはよく知っていたはずです。主がそのように言われたのは、イエス様が「引き渡される夜」でした。引き渡されて、主は十字架にかけられるのです。彼らのために、そして私たちのために、罪を贖うために、十字架の上にその体が釘付けられ、血が流されることを前提として、主は「これはわたしの体」「これはわたしの血」と語られたのです。私たちが罪を赦され、永遠の命にあずかるために、主は御自分の命を献げてくださったのです。そのキリストの体を受け、その血を受ける食事。それが「主の晩餐」です。

 その「主の晩餐」を食べるために彼らは集まります。目に見える形をもってキリストを一緒に食べるのです。それはお互いの関係においても決定的な意味を持つはずでしょう。キリストを食べるわたし。キリストを食べる隣の人。イエス様はわたしのために十字架で死なれた。イエス様はこの人のためにも十字架で死なれた。ならばもはや無関係ではあり得ません。キリストの命を共に受けるお互いです。そのような互いの関係を目に見える形で見せてくれているもの、それが「主の晩餐」という特別な食事なのです。

「自分自身の晩餐」ではなく
 パウロは「主の晩餐」がそのような食事であることを改めて語り、思い起こさせます。なぜなら、改めて思い起こさせなくてはならない事態が起こっていたからです。

 パウロはさらに彼らに語ります。「従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです」(27‐29節)。

 そこでは「ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする」ということが起こっていたのです。「主の体のことをわきまえずに飲み食いする」ということが起こっていたのです。それはいったいどういうことでしょうか。

 コリントの教会で何が起こっていたのか。今日の朗読箇所においては語られておりません。実はこの前に書かれているのです。例えば次のように書かれています。「それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです。なぜなら、食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです」(20‐21節)。

 これが当時のコリントの教会の姿です。その集会の様子です。これはひどい。これでは集まって食べても「主の晩餐」にはならないだろう。それは今日の私たちが聞いても思います。

 少なくともこのような事態は私たちの教会では起こりません。起こりようがありません。この教会においては、主の晩餐を普通の食事の形では行っていませんから。食べるのは小さなウエハースです。飲むのは小さな杯に入った葡萄ジュースです。礼拝の中で順番に前に出て受けることになっています。酔っ払いようもないし、食べられない人が出るということもありません。

 ならばパウロがここで言っていることは私たちに無関係なのか。それはよくよく考えてみる必要があります。いったいここで問題となっていることは何なのでしょう。注目すべきは21節の言葉です。「各自が勝手に自分の分を食べてしまい…」とパウロは言います。「自分の分」と書かれていますが、これはもともと「自分自身の晩餐」という言葉なのです。「主の晩餐」を食べるために集まっているはずなのですが、それが「主の晩餐」ではなく「自分自身の晩餐」になっていた、ということなのです。

 先に集まって来た人たちは、もちろんイエス様のことを全く考えないで飲み食いしていたわけではないでしょう。彼らはもちろん「主の晩餐」を食べているつもりでいたのです。彼らが早い時間に集まっていたのは、ある意味では熱心だったからであるに違いありません。そのような彼らが、早くから集まってくる他の熱心な人々と一緒に、少しでも早く主の晩餐を行おうとしたのは主を求める熱意の現れでもあったと言えるのです。

 しかし、それがどれほど熱心な敬虔な行為であったとしても、彼らが食していたのは「自分自身の晩餐」でしかないとパウロは言うのです。「自分自身の晩餐」でしかないから、後から来る人のことを考えられないのです。後から来るのは長く働かなくてはならない貧しい人たちでした。そのような他の人々のことなど視界に入らないのです。

 いや、むしろ視界に入らないほうが、「自分自身の晩餐」は楽しめるものなのでしょう。実際、先に集まった人たちは、社会的にも経済的にも似たような者たちと共に、信仰熱心な自分たちの集会を多いに楽しんでいたに違いありません。しかし、それはもはや「主の晩餐」ではない。それは「自分自身の晩餐」でしかありません。

 考えてみれば、そのようなことは今日でも起こり得るのでしょう。いくらパンの形を変えても、どんなに儀式的に行おうと、秩序正しく行ったとしても、あるいはそこに敬虔さや感動があったとしても、それが「主の晩餐」ではなくて「自分自身の晩餐」になってしまうことは起こり得るのでしょう。他人に煩わされないで、ともかく自分が満足したい礼拝、そのような聖餐。他の人のことを心にかけ思い遣ることのできない礼拝、そのような聖餐。それはもはや「主の晩餐」とは言えないのでしょう。

 私たちがいるこの場所は「家」です。食卓のある「家」です。集まって「主の晩餐」という特別な食事を行うための「家」です。そこでは本当の意味で私たちが「共にいる」ということが本質的な意味を持っているのです。

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